主任は私を逃がさない

 そこのトイレの便器にこいつの頭を突っ込んで、水を流したらやっぱり犯罪になるんだろうか。

 法を犯すのは割に合わないのは知っている。けれど……。

 せめてコイツに一矢報いたい! 

 ふつふつと込み上げる私の黒い感情に気付きもしない松本さんは、ヘラヘラ笑いながらどんどん調子に乗っていく。


「ねえ陽菜ちゃん、またふたりで今度どこかに……」

「おいコラ松本ー! お前なに便所の前で女引っかけてんだよ!?」

「え? 松本さんてばナンパしてんの? どれどれ?」


 すぐそこの座敷から騒々しい笑い声が聞こえてきた。

 松本さんの同僚らしき男女数人が、座敷から身を乗り出すようにして興味津々こっちを見ている。


「あ、いやいや! 別にそんなんじゃないから!」

 松本さんが慌てた顔で、両手をブンブン振って大げさに否定した。

 ああ、そういえば彼は私との事を隠しておきたいんだっけ……。

 …………。

 私は心の中でニヤリと笑った。

 素知らぬ顔でスタスタと座敷に近づき、同僚さん達に向かって頭を下げて自己紹介をする。

「松本さんの同僚の方達ですか? いつもお世話になっております。奥栄商事の中山陽菜です」

< 111 / 142 >

この作品をシェア

pagetop