主任は私を逃がさない
そこのトイレの便器にこいつの頭を突っ込んで、水を流したらやっぱり犯罪になるんだろうか。
法を犯すのは割に合わないのは知っている。けれど……。
せめてコイツに一矢報いたい!
ふつふつと込み上げる私の黒い感情に気付きもしない松本さんは、ヘラヘラ笑いながらどんどん調子に乗っていく。
「ねえ陽菜ちゃん、またふたりで今度どこかに……」
「おいコラ松本ー! お前なに便所の前で女引っかけてんだよ!?」
「え? 松本さんてばナンパしてんの? どれどれ?」
すぐそこの座敷から騒々しい笑い声が聞こえてきた。
松本さんの同僚らしき男女数人が、座敷から身を乗り出すようにして興味津々こっちを見ている。
「あ、いやいや! 別にそんなんじゃないから!」
松本さんが慌てた顔で、両手をブンブン振って大げさに否定した。
ああ、そういえば彼は私との事を隠しておきたいんだっけ……。
…………。
私は心の中でニヤリと笑った。
素知らぬ顔でスタスタと座敷に近づき、同僚さん達に向かって頭を下げて自己紹介をする。
「松本さんの同僚の方達ですか? いつもお世話になっております。奥栄商事の中山陽菜です」