主任は私を逃がさない

 座敷に戻ってバナナ牛乳を飲みながら、その様子を想像するとつい笑いが込み上げてしまう。

 すっかり酔っぱらった花岡さんがにじり寄ってきて、ろれつの回らない口調で話しかけてきた。


「なあに笑ってんの? 中山さーん」

「ううん。何でもないの」

「ご機嫌だね。よし! その調子でお酒にもトライしてみよっか!?」

「ううん。お酒はいらないわ」


 しつこくお酒を勧める花岡さんを、私はサラリとかわした。

 そう。お酒なんて飲まなくてもいいの。そんなの別にいらない。

 それがよく分かったのよ。私、やっと分かったの。


 私は座敷の隅っこに寄って、バッグからスマホを取り出して史郎くんにメッセージを送ろうとした。

 常務との話し合いはどうなっただろう。

 するとその瞬間を待っていたかのように史郎くんからメッセージが届いた。

 まるで以心伝心みたいなタイミングに胸がドキンとしてしまう。


『いま話し合い終了。停職も降格もクビもなし。ただしタップリ絞られた』


 ……停職も降格もクビもなし? ああ、良かった!

 心からホッとした私は急いで返信する。


『安心した。もうすぐ一次会終了。二次会は参加しないで帰宅します』

『そうか。で、初めての酒の味はどうだ?』

『お酒は飲んでいません。一滴も』


 少し間を置いてから、返信があった。


『そうか。了解』

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