主任は私を逃がさない
「は、はい!」
『陽菜? 俺だけど』
「いま行くから!」
インターホン越しに叫んだ私はワタワタと玄関に急いだ。
ドキドキは限界値で、今にも心臓が胸骨を突き破って外に飛び出てしまいそう。
世間でカップルになってる人達って、全員こんな試練を乗り越えてきたの?
信じられない。みんなどれだけ逞しい精神の持ち主なんだろう。
最近の日本人は軟弱になったってご年配の方々がよく嘆いているけれど、このぶんなら大丈夫よ絶対。
「史郎くん、いらっしゃい」
引き攣った笑顔で玄関の扉を開けると、当然ながら史郎くんが立っている。
緊張のあまり反射的に逸らしそうになった私の目が、逆に釘付けになってしまった。
まるで縫い付けられるように「あるモノ」に集中してしまっている。
史郎くんが両手に抱えている、真紅の薔薇の花束に。
幾重にも重なった花びらの奇跡的なフォルムと、心奪われるような濃く深い紅。
束になってラッピングされたそれが、圧倒的な存在感を放っている。
その美しさたるや、私の極限の緊張をも軽々と吹き飛ばしてしまうほどの破壊力だ。