主任は私を逃がさない
……と、思ったところで疑問が湧いた。
「すごく嬉しいけど、なんで? 別に誕生日でもなんでもないのに」
そう聞いた途端に史郎くんの表情が変わった。
ニコニコ緩んでいた頬がパッと赤く染まり、何やらハッキリ聞き取れない言葉をモゴモゴと口籠ってばかりいる。
怪訝に思ってその様子を見ていたら、気まずそうに私から目を逸らしてムッツリ黙り込んでしまった。
……どうしたんだろう? たいがい付き合いも長いけど、こんな史郎くんは今まで見たことが無い。
まさか具合でも悪いんだろうか?
「ひょっとして体調が悪いの? もしそうなら無理しないで帰って休……」
「いや! 俺は帰らない!」
「……え?」
「このまま帰ってたまるか! 帰るわけにはいかない! 俺は絶対に帰らないからな!」
「べ、別にいいけど……」
「陽菜、中に入っていいか?」
「あ、どうぞ入って」
史郎くんを家の中に招いてリビングへ向かう。
彼は廊下を歩きながら手で髪を掻き上げたり、襟元のボタンを締めたり外したり、無意味に咳払いをしたりで、本当に落ち着きがない。
私は私で心に期するものがあるせいで、足元がフワフワ覚束ないし。
ふたりの間には、妙に緊迫した空気が漂っていた。