主任は私を逃がさない
ああ、ついにやってしまった。
ガックリと肩を落とす私の横をすり抜けるようにして、主任が階段を上がっていく。
この人にだけは隙を見せないように、入社以来ずっと気を張っていたのに。
落とし穴にでも嵌ったような暗い気分で、「ちょっと席を外します」と周りに声をかけてから私は小会議室へ向かった。
トボトボと階段を上がって左手にある会議室のドアの前に立ち、このまま逃げ出してしまいたい気持ちを堪えつつドアをノックする。
「中山です」
「入れ」
ドアノブを回して扉を開けると、白いパーテーションで仕切られた空間に、スチール製の平机と黒いイスが設置されていた。
社員の相談室としても利用されている会議室の中で、ダークグレーのスーツに身を包んだ主任が窓際のイスに座って、腕組みしながらこっちを見ている。
私は恐る恐る中に入って一礼し、主任の顔を眺めた。
涼し気な目と、スッと通った鼻筋の、いかにも聡明そうで人目を引く顔立ち。
緩いウェーブの黒髪が、ただでさえ整った顔を一層華やかに彩っている。
でも私、知ってる。このヘアスタイルはお洒落でやってるわけじゃなく、天然パーマなんだ。
生まれつきの髪が、奇跡的に絶妙なヘアスタイルの形にキマッているというラッキーな人。