主任は私を逃がさない
俯いたまま淡々と返答する私の頑なな態度に、主任の声の不機嫌指数がドッと増す。
「顔を上げろ」
「…………」
「陽菜、こっちを見ろ」
「…………」
「お前、それが婚約者に対する態度か?」
「史郎くんは婚約者じゃない!」
反射的に顔を上げた私は大声を張り上げてしまった。
慌てて両手でバシッと口を押え、周囲をキョロキョロする。
こんな噂が社内に広まりでもしたら大変なことになる。誰にも知られちゃいけない。
実はこの人が……。
親が勝手に決めた、私の婚約者なんだってことが。
「婚約者じゃないなら、俺はお前のなんなんだよ?」
「ただの幼なじみ。それ以外ないじゃない」
仏頂面の史郎くんに、私は抑えた声で断言した。
史郎くんの家と私の家はご近所さんで、彼は私が物心ついた時からの幼なじみ。
親同士の付き合いも親密で、小さな頃はしょっちゅうお互いの家を行き来した、私にとって数少ない同世代の男性関係者だ。