主任は私を逃がさない
昔から頭が良くて、人当たりが良くて、おまけに顔まで良い史郎くんは近所で評判の人気者。
跡取り息子に憧れるうちの両親にとって、非常にツボな存在だった。
だから史郎くんを我が子のように可愛がり、自分が勤める会社にコネ入社までさせた。
そして手ずから仕事のイロハをみっちり叩きこんで、一人前の営業マンに育て上げた。
つまり史郎くんが恩義に感じている上役というのが、私の父親だ。
その父が史郎くんをついに本当の息子にしようと画策し出して、それで私と史郎くんは婚約させられてしまったんだ。
「勝手に結婚を決められたっていい迷惑よ。そう思わない?」
私にとって史郎くんはあくまでも兄弟としか思えないし、多分それは彼にとっても同様だろう。
男女交際の経験も無いまま兄と結婚させられちゃう人生なんて、悲惨すぎて喜劇にしか思えない。
だからなんとしてもこの婚約を破棄したいのに、その最大の障壁が、私の目の前にいる当の史郎くんだった。
「陽菜、同じことを何度も言わせるな。俺はこの婚約を迷惑だと思ったことは一度もない」