主任は私を逃がさない
「結婚はね、もっと神聖なものなんだよ」
「……おい。ちょっと待て」
「史郎くんは私の大事なお兄さんだから、幸せになって欲しいの」
「陽菜、待てって」
「史郎くん、せっかくモテるんだもん。本当に好きになった女性と結ばれ……」
「ストップ」
史郎くんが右手の人さし指をピンと立て、私の唇にグッと押し付けた。
熱弁を途中で遮られた私は、目を白黒させて黙り込む。
そしたら史郎くんの怖いくらい真剣な顔が目の前にヌゥッと近づいて来て、思わず身を引いてしまった。
「これから基本的なことを聞くから、答えてくれ。いいな?」
「…………」
「お前ひょっとして、俺がお前との結婚を望んでいるのは、お前の親への忠義のためだと思ってるのか?」
私は間髪おかずにコクコク頷いた。
当然思ってるわよ。だってそれが真実なんだもの。
そんな私の真っ直ぐな目を見た史郎くんの頬が、途端にヒクヒクと歪んだ。
「……冗談だろぉ、おい。勘弁してくれよ」
「史郎くん?」
「そこからか? そこからして根本的に伝わってなかったのか? それが原因だったのか?」
「?」
泣き出しそうな、あきれ果てたような、放心したような、その全部を混ぜ合わせたような複雑な表情で彼はブツブツ呟いている。
言ってる意味は分からないけれど、彼が絶望的にせっぱ詰っているのだけはなんとなく理解できた。