主任は私を逃がさない

「あの、史郎くん大丈夫?」

「ちょっと待ってくれ。冷静になれるだけの時間をくれ」


 史郎くんは備え付けのウォーターサーバーにふらふらと近付き、コップに冷水を入れてゴクゴク一気飲みした。

 そしてぷはぁっと大きく息を吐き、両手で顔を覆って天を仰いだと思ったら、そのまま微動だにしなくなってしまった。

 そのポーズから、いかにも痛々しい悲壮感が漂ってくる。

 尋常ではない様子を見守っていた私は、圧し掛かる重い空気に耐えきれなくなって恐る恐る声をかけた。


「あの、史郎、くん?」

「…………」

「そろそろ、冷静になれた?」

「ああ。なれた」


 矢庭に顔から手を離し、彼は私に向き直って断言した。


「陽菜、結婚しよう」

「冷静になってないじゃん全然!」

「お前には俺が必要だ。俺の保護が」

「保護って、私は子どもじゃないわよ!」

「明らかに子どもだ! とてもじゃないが放っておけない!」

「バカにしないで! 私は変わるのよ!」


 私は両腕を広げて自分の姿を堂々と見せつける。

 お金をかけて、友恵に協力してもらって、努力して、私はこんなに変われた。

 これからだってどんどん変わっていける。ベソベソ泣いていた惨めな私は、もういないんだ。

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