主任は私を逃がさない

 古いだけなら、まだいい。レトロな雰囲気と言えないこともない。

 屋根のあちこちをトタンで補強してるのも、これはいっそアンティークと表現してしまってもいい。

 ただ、この玄関脇に放置されているショーケースの、完全に色落ちしてしまった食品サンプルはなに?

 窓ガラスにベタベタ貼られている、油性黒マジックで殴り書いたような、お品書きはなに?

 ポップ? これは手書きポップなの? 焼うどん定食520円って、なに?

 呆然としている私の目の前で、史郎くんが力任せに玄関の引き戸をギシギシとこじ開けている。


「さあ陽菜、どうぞ」

 彼に背中を押された私は、無抵抗の捕虜みたいな心境で店内へ踏み込んだ。

 頭上にはすっかり煤けた紺色の、のれんが風に揺れている。

『大衆食堂 “おっかさん”』

 染め抜かれた白字は確かに、そう読めた……。


 
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