主任は私を逃がさない

「史郎くん!」

「ん?」

「あの、ご趣味は?」

「…………」

「ご、ごめん忘れて」


 失敗。定番だと思ったんだけど、定番過ぎて芸が無かったか。

 物心ついてからの付き合いなのに、今さら『ご趣味』もないもんね。

 だからといって私達に共通の話題があるかといえば、そうでもない。

 いくら兄弟同然でも、さすがに大きくなってからはそれほど親密には過ごしていないし、婚約してからは意識して距離を置くようにしていたし。


「…………」

「…………」


 史郎くんは相変わらず、カサカサと新聞をめくってばかり。

 店内は厨房の揚げ物の音や、おじさん達の会話や、威勢の良い笑い声なんかが飛び交って賑やかだ。

 なのにここだけ、お通夜のように不気味に静まり返っているのが堪らない。

 ああ、気まずい。きっと減点されている。どうしようどうしようどうしよう!
< 49 / 142 >

この作品をシェア

pagetop