主任は私を逃がさない
「中山さん、ほら、東洋商事の部長のグラスがそろそろ空になるよ。園田事務所の課長のグラスも」
「あ、はい」
各グラスの残量に私以上に目を光らせている課長の指示を受け、私はビール瓶を抱えて会場内をさすらい歩いた。
作り笑いを浮かべながらオジサマ方の談笑の輪にお邪魔して、お酌をする。
「失礼します」
「おおっと駄目駄目。このグラスにはまだ注いじゃいかんよ」
「え?」
「ビールは注ぎ足しすると味が落ちるんだよ。知らないのかい?」
「お、部長! さすがビール通ですなー!」
「こんなの常識だよ常識。キミ、女の子ならお酌の常識くらいもっと覚えておかなきゃだめだよ?」
……だったら手酌で飲んでくれ。あんたらいちいち面倒くさいよ。
ああ、いけないいけない。私はビールサーバーだった。なにも考えない考えない。
あちこちのグラスに注いで空になった瓶をテーブルに戻し、ふうっと大きく溜め息をついた。
はあ、疲れた。さてと次は誰のグラスに垂れ流せばいいんだろうか?
そう思って会場を見渡した目に、取引先らしき相手と談笑している史郎くんの姿が飛び込んできてドキッとした。
途端にトクトク鳴り始める自分の鼓動に困惑してしまう。