主任は私を逃がさない

「ありがとう。おいしそう」

「そろそろお開きになるみたいだから急いで食っちゃえよ」

「うん。いただきます」

「飲み物も持ってきたから、はいどうぞ」

「あ、ごめんなさい。お酒は飲めないの」


 花岡さんがビールの入ったグラスを差し出してくれたけれど、私は首を横に振った。

 私はお酒を飲んだことがない。理由は明白で、親が飲酒を許可しないから。

 それに、飲み会なんて夜間外出も絶対に許可してくれなかったし。


 今回みたいに仕事として出席せざるを得ないようなケースだけは参加できたけど、その場合も問答無用でアルコールは厳禁。

 なにしろ父親が同じ課の上司だったから、監視は常に完璧だった。

 そして夜の十時になると、判で押したように母親が車でお迎えに来る。

 毎回車の中に押し込められるたび、保護されているというよりも、逆に拉致されている気分だった。


 まあ別にお酒なんて飲みたいとも思わないけど。

 ビールってすごく苦いんでしょう? なんでわざわざそんな物を好んで飲むの?

 漢方薬を服用するのと同じ心理?

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