主任は私を逃がさない
彼がそっと唇を離し、私達は無言で見つめ合う。
胸が暴れるように激しく上下して、心臓が今にも飛び出しそう。
史郎くんは少し息を乱して、熱に浮かされたように濡れた目をしていた。
いつも彼が職場で見せる、主任らしい凛とした顔。
幼なじみのお兄さんとしての、優しい顔。
怒った顔。笑った顔。私をからかう時の色っぽい顔。
そのどれにも当てはまらない、彼が初めて見せる表情が目の前にある。
切なくて、どこか苦し気で、まるで大切な壊れ物を一心に見つめるような男の顔に、私の心は釘付けにされてしまった。
「陽菜……」
掠れた声で私の名を囁き、史郎くんは再び顔を寄せてきた。
ゆっくりと、戸惑うように、ためらうように、少しずつふたりの距離が縮まっていく。
その間私は何も考えられず、近づいてくる彼の唇を瞬きもせず見つめていた。
ズキズキするほど顔に血がのぼって、額はうっすらと汗ばんで、彼の熱い息が私の唇をくすぐって。
そして、唇を覆われる瞬間。
私は自分から目を閉じた……。