主任は私を逃がさない
……そうだ。これは史郎くんにとって、あくまでも勝負だった。
私の両親の留守中、私を監督しきれなかった自分の落ち度を挽回するための。
史郎くんが、自分の上司のご機嫌を取るための。
私、なにを考えていたんだろう。なにを期待していたんだろう。
なにもかも最初からちゃんと分かっていたはずなのに。
まるで史郎くんから、自分が本気で想われているように錯覚してしまったなんて。
松本さんとの苦い体験がフラッシュバックする。
彼の真意も知らずにひとりで浮かれて夢を見て、利用されて捨てられた。
私は変わっていない。全然成長していない。
あの時同様、情けなくて惨めな子どものままだ……。
自嘲と哀しみが噴水みたいに一気に込み上げて、じわっと両目が潤んでくる。
彼の胸に顔を押し当てて涙を隠しながら、泣きたい衝動を懸命にこらえた。
泣けない。そんな姿を今ここで史郎くんに晒したら、あまりに自分が哀れすぎる。
「お互い納得済みの婚約者になった記念に、今夜は朝まで一緒に過ごさないか?」
「……!?」
必死に痛みに耐える私の心に、信じられない言葉が容赦なく突き刺さった。
私をホテルに誘った松本さんと、史郎くんが重なる。
あんなに私を深く傷付ける行為をしながら、それを何とも思わず、気付きもしなかった松本さんと。
「なあ、いいだろ? もうお前は俺のものなんだから」