主任は私を逃がさない

 こらえていた涙がドッと両目に盛り上がり、揺れる視界を曇らせる。

 史郎くんが私にくれた微笑み、言葉、優しさ、温もり。

 私が特別だと思っていたあれは全部勝負のためで、私への好意からでは無かった。

 史郎くんは私のことが好きなわけじゃない。


 そのことが身を捩るほど私の心を苦しめ、苛む。

 なによりもそれが辛いの。

 彼が、私を好きじゃなかったことが。


 体力の限界まで走り続けた私は、ついに息切れして立ち止まった。

 肩を大きく揺らして何度も息を吸って吐き、破裂しそうな胸を押さえながらペタペタと路地を歩いて行く。

 鼻をすすって、嗚咽して、うつむいた顎の先から汗と一緒に涙の雫が滴り落ちた。

 ストッキングを履いただけの足の裏に、アスファルトの固さと冷たさが直に突き刺さる。

 なのにパンプスを履くことも忘れるほど、頭の中はある事実に囚われていた。


 私、史郎くんのことが好きなんだ……。


 だから辛い。こんなにも苦しくて悲しい。

 私を好きじゃない彼を、好きになってしまったことが悲しい……。


 スーツの袖で涙をゴシゴシ拭きながら、私は子どものように泣き続けた。

 そうだ。私は世間知らずで、子どもなまま。

 本当に私は、救いようがない愚かな子どもなんだ……。






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