主任は私を逃がさない

 でもこれでメイクや髪を手抜きしたら、本当に自分が無価値な女になってしまいそうで怖い。

 手間暇かけて身支度を整え、私は鬱々とした気持ちで会社へ向かった。


 いつも通勤に利用しているバスに揺られながら、どんどん心が地盤沈下していく。

 史郎くんに会いたくない。でも会社はサボれない。

 そんな甘ったれた子どもみたいなマネはしたくない。でも史郎くんに会いたくない。でも……。

 ああぁ、心の地盤沈下が止まらない。深海魚レベルまで沈んでしまいそう。


 足を引きずるようにして会社に到着し、重い溜め息を何度も吐き出しながら正面入り口を開けた。

「おはようござい、ま、す……?」

 朝の挨拶をしながら、私は首をかしげた。

 社内の空気が妙に慌ただしいというか、混乱している気がする。

 見れば、すでに出社している社員の数名がフロアの一角に固まって、困惑した顔つきで話し込んでいた。

 どうしたのかと疑問に思いながら近づいて、声をかける。

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