連れ添い
☆☆
――時刻は午後七時すぎ。藍色の空に浮かぶ三日月が優しく輝いている。
経理部の人間は彼女を置いてすでに帰宅してしまった。この部屋にはぼくと彼女のふたりきりだ。
静かな部屋には時折、空調機の乾いた音が聞こえる。電気スタンドの光が手元を照らしていた。
「さあ、うだうだしている暇はないよ? 修正してしまおうか」
今日という時間は限られている。
腕まくりをしたぼくは、歯を見せてにやりと笑った。
すると彼女は頬を染め、にっこりと微笑んだ。への字に曲がっていた唇が弧を描く。
柔らかな春の日差しのようなその笑みが、ぼくの胸を高鳴らせる。
彼女のその笑みこそが、ぼくが見たいと思った表情だ。
彼女はこくんと大きく頷くと、ひたすらキーボードを打ち続ける。
何も悩む必要はないよ。今日はとことんまで君に付き合うからね。
ぼくは彼女のつむじに唇を当て、修正が終わるまで寄り添い続ける。
時刻は午後七時。夜はまだ長い。
―End―
※擬人化は「残業」です。
――時刻は午後七時すぎ。藍色の空に浮かぶ三日月が優しく輝いている。
経理部の人間は彼女を置いてすでに帰宅してしまった。この部屋にはぼくと彼女のふたりきりだ。
静かな部屋には時折、空調機の乾いた音が聞こえる。電気スタンドの光が手元を照らしていた。
「さあ、うだうだしている暇はないよ? 修正してしまおうか」
今日という時間は限られている。
腕まくりをしたぼくは、歯を見せてにやりと笑った。
すると彼女は頬を染め、にっこりと微笑んだ。への字に曲がっていた唇が弧を描く。
柔らかな春の日差しのようなその笑みが、ぼくの胸を高鳴らせる。
彼女のその笑みこそが、ぼくが見たいと思った表情だ。
彼女はこくんと大きく頷くと、ひたすらキーボードを打ち続ける。
何も悩む必要はないよ。今日はとことんまで君に付き合うからね。
ぼくは彼女のつむじに唇を当て、修正が終わるまで寄り添い続ける。
時刻は午後七時。夜はまだ長い。
―End―
※擬人化は「残業」です。
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一四歳の時に両親を失ったメレディス・トスカは、父方の妹であるデボネ家の世話になる。
けれどもメレディスが社交界デビューした直後、叔父が他界し、デボネ家は没落貴族と成り果てた。
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そこでメレディスが出会ったのは、次男のラファエルだった。
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――ああ、彼はなんてハンサムなの。
ハンサムなラファエルにひと目で恋に落ちたメレディス。
やがてふたりは運命の糸に引き寄せられるかのように再会を繰り返す。
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ラファエルはきっと両親を失ったメレディスと社交界のスキャンダルになって、母親の花嫁探しを諦めてもらうための策略を考えついたに違いないのだ。
……そんなことは、もう知っているわ。
彼は自分を利用しているだけだ。
そう言い聞かせるメレディス。
けれども彼女の思いとは反対に強い力でラファエルに引き寄せられていく……。
果たして彼らの運命は――。
*。゜。○ ゜○ 。*
シンデレラストーリー。
絶賛亀更新中です。
*。゜。○ ゜○ 。*
2021/05/19より更新再スタート!
Presented by Minamo Tsuyuri
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モーター会社の社長令嬢である、アビー・パーラーは、社長の父と母の三人暮らし。彼女は何不自由なく過ごしているかのように見えた。しかし、父親はとても威厳を気にする人で、アビーはいつも思い通りに操られる。父親から受けた幼い頃からの押さえつけで、吃音症(きつおんしょう)にまでなってしまい、おかげで男性とはまるで縁のない生活を送っていた。
そんな中、父親の会社が倒産寸前になってしまう。
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親友、クローイの助言で、真っ青な海と空に囲まれた滅多に人が訪ねて来ない田舎町にある彼女の別荘に逃げ込むことになったアビー。そこで出会ったのは、『安心』とは程遠い、年の頃なら三十歳前後の、すらりとした体型に長身のとてもセクシーな男性だった。その男性は、なんと既婚者で……?
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*あらすじ*
幼い頃に両親を亡くしたジェーン・オストンは叔父に引き取られ、孤独な毎日を過ごしていた。
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そんなある日、ジェーンが毎夜日課としている礼拝で亡き両親に祈りを捧げていると、一人の男性が現れる。
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けれども彼には秘密があった。彼は闇に生きる悪魔の狩人。ヴァンパイアハンターだったのだ。
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2018/01/01***公開開始
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