グリッタリング・グリーン
手ぶらの葉さんは、上着のポケットから煙草を出すと、ここ吸えるよね? とカフェを指して訊いてきた。

ガラス張りの喫煙席があったのを思い出したので、はいと答えると、満足げにうなずいて自動ドアをくぐる。

音もなく閉じたドアを見つめてから、私はすっかり冷めきったラテを拾って、駅へ向かった。





「あの人、外出なんてするんだ」



未希さんが意外そうに言う。

そりゃするだろうと思いつつも、実は私も同じ感想を抱いたことは否定できない。

色白で、髪なんかも色素が薄くて、いかにも日光なんて嫌いそうで、雨に濡れたら溶けちゃうんじゃないのっていう印象なのに、日の光の下で見た葉さんは、意外と普通の青年だった。



「あんな大きな駅に、なんの用だったんでしょうね」

「人混みとか大嫌いそうなのにね。待ち合わせでもしてたんじゃない?」



長い綺麗な髪をきりりと結った未希さんが、赤ペンで顎をかきながら言う。

静かな会議室で、それぞれカタログの校正用紙と、メーカーから展開された価格表を並べていた。



「そういえば、彼、お若いんですね」



若く見えると思ったら。

イラストと一緒に刷りこむプロフィールを確認していたら、同い年であることを知った。



「そうよ、まだ22とか23とか、そのへんでしょ」

「23歳ですね、私と同じ生まれ年なので」



言いながらため息が出る。

自分の世界を完璧に持っていて、それで実際、生きていくことができていて。

あんな人が、同い年なんて。



「じゃ、読み合わせお願いします」

「お願いします」



未希さんの声に、私も背筋を伸ばした。

カタログに表記した価格とスペックをひとつひとつ読みあげて、もうひとりが資料と照らし合わせる。

どんなにチェックしてもしすぎるということはない最も重要な部分で、何度もこうして声に出して確認をする。



「部長のお稚児さんて噂、知ってる?」



税込み…と私が読みかけたところで、思い出したように未希さんが言った。



「はっ?」

「彼をうちに引っぱってきたの、部長なのよ。なんだか変に仲がよくて、当時そういう噂があったの。3、4年前かな」


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