グリッタリング・グリーン
日頃、誰よりも早く出社する加塚部長への信頼は厚く、誰も何も気にしない。

たぶん私だけ、落ち着かない気持ちでいた。



『俺、あのドレス、知ってる』



傘をとり戻す時が来るまで、付近のお店に入ったりして時間をつぶすうち、葉さんが難しい顔で、そう言った。



『沙里さんが着てらしたのですか? 素敵でしたね』

『上着あるとわかんないけど、あれ、夜用なんだよ、けっこう華やかで、母さんもそれなりの時しか着ない』



思わず見あげると、軽くうなずく。



『少なくとも、夜まで一緒の、本気のデートだと思う』



いやでも、途中で誰か合流するとか。

昼と夜で、違う予定が入ってるとか。



『そんな感じに見えた?』

『…見えないです』



今思えば部長もシックなジャケットスタイルで、完全に沙里さんとぴったり合っていた。

たぶん、これから出かける先が、決まってるんだろう。



『よし、いいぞ』



そのまま朝まで行っちまえ、ととんでもないことを言いながら、葉さんが満足げに拳を握る。

でもなあ、とその顔は、まだ少し難しい表情だった。



『加塚さん、紳士だからなあ』

『そうですよ、お友達の奥さんですよ』

『でもあの人、どう見たって母さんのこと、好きだろ? 生方だってそう思うだろ?』



それは…はい。

アトリエにちょくちょく顔を出していたふたりを見て、確かに私も、そう思うようになりました。

少なくとも、ものすごく大事にしてると感じました。


でもやっぱり部長は、別居中とはいえ旦那さんのある女性とどうにかなろうなんて、考える人じゃないと思う。

そう言うと葉さんは、そこだよなあ、とため息をついて。



『何か、タガが外れるようなきっかけ、つくってあげないとダメかな』



さらっと不穏な発言をした。

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