グリッタリング・グリーン

(外れちゃったってこと?)



11時前になって、ようやく顔を出した部長と、フロアの入口で行き会ってどぎまぎした。

急いだらしく、ネクタイをしてない。



「おはよう、悪いな、遅れて」

「いえっ、あの、お電話がいくつかありました」

「…生方、顔赤くないか?」



風邪か? と首をかしげる姿は、いつものとおり清潔な男前で、でもなんとなく、普段より色気を漂わせている。

気がする。



「部長こそ、お加減でも悪いんですか」

「いや、予定もないし、単にゆっくりしたかっただけだ、歳とるとダメだな、夜の無理がすぐ身体に来ちゃって」



夜の無理。

私は完全に、あらぬ方向へ想像が働き。

大丈夫? と心配されながら、ふらふらと洗面所へ向かった。



『残念だけど、それ、ぬか喜びだ』

「私は別に喜んでないです」

『ゆうべ日付が変わる前に、迎えに来いって呼び出されて、俺、母さんを家まで送ってったよ』

「それまでの間に、しようと思えばなんでもできた時刻じゃないですか」

『意外と想像たくましいね』

「そうなんです」



助けてください、と泣きつくと、軽い笑い声がした。



『ふたりにはアリバイがあるの、親父の友達が指揮をしてるコンサートに行ってたんだ、終わったのが22時半』

「そのあとの1時間半は?」

『バーでふたりで飲んでたって、母さんかなり酒入ってたし、たぶん本当』



葉さんの声が、心底残念そうだ。



『そもそも加塚さんは、親父の代打でコンサートにつきあったみたい、それじゃ事に至る気が起こらないのも、仕方ないよね』



ため息が聞こえる。

私も洗面所の個室で、別の意味のため息をついた。

よかった、間違いはまだ、起こってない。

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