グリッタリング・グリーン
またか、と部長が腕を組む。



「何やってんだお前は、できない約束なら、最初からするな」

「だってよお、このクソ忙しいのに、奥様とご一緒にっつって話が来るんだもん、沙里の奴はすっかり、行く気になっちまってるし」



もはや場所を移すのも面倒になったらしい部長が、その場で聞きだした用件に、思わず耳をそばだてた。

週末にロードショーとなる映画の、前夜祭らしい。


どうしよう。

ひらめいてしまった。






「生方は、あんまり乗り気じゃないのかと思ってた」

「というか、迷いがあったんですが」

「ですが?」



こっそりコピーした案内状を見ながら、こっちだ、と葉さんが夜の都心をさくさく歩く。

TPOを意識してか、黒の細身のパンツにストライプの、襟とカフスだけ白いシャツを綺麗に入れて、黒いネクタイをしてる。

とはいえスニーカーだし、いわゆるフォーマルとは程遠いけど、こういう職種の人としてはかなりきちんとした格好だろう。

デニム姿しか見たことがなかっただけに、さっき会った瞬間、見とれてしまった。



「こうなったら、乗りかかった舟というかですね」

「そんなこと言って」



渡っている横断歩道の信号が、点滅しはじめた。

ぱっと走りだした葉さんを、慌てて追いかける。


対面の歩道に駆けこんだ葉さんは、振り向いて。

遅れてゴールした私を、片腕で抱きとめるみたいに、迎えてくれた。



「実はけっこう楽しんでるんじゃないの」



一瞬、腕の中にいたせいで、葉さんのからかうような笑顔が近すぎて、動揺した。

そうかもです、と答えると、ははっと笑って、また案内状のアクセスマップを見はじめる。


確かに楽しんでます、葉さん。

だって葉さんと一緒だから。


今日のテーマは、名づけるなら。

部長と沙里さん、急接近大作戦、だ。

ふたりの外出中に、何かドラマチックなハプニングを巻き起こしてあげようという、単純な発想。

でも案外、そんな単純な何かが、起爆剤になって、人って動くのかもしれない。

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