グリッタリング・グリーン
やがて葉さんだけが廊下に戻ってきた。



「階段の下にいよう、ホールの入口ここしかないし、出たら絶対階段使うし」

「あの子に何をお願いしたんですか?」

「成功すりゃわかるよ、煙草吸っていい?」



ずっと我慢していたらしい葉さんは、螺旋階段の裏にある喫煙スペースにたどりつくなり、胸ポケットを探った。

ロビーの端にひっそりと置いてあるソファに腰を下ろして、満足げに煙を吐く。



「葉さん、私にも名刺ください」

「んっ、持ってない?」

「以前、お持ちでないと聞いたので」



ソファの背に深々ともたれていた葉さんが、ぱっと身体を起こして、カードケースを出した。

標準より少し細身の、シンプルな名刺。

聖木葉という名前と、緑のインクで“Lab.G”というロゴが入っている。

原稿料の支払い処理をする時くらいしか目にしない、葉さんの会社名だ。



「ごめん、『榎本葉』の名刺はないって意味だったんだ」

「このGって、なんの略ですか」

「グリーン」



グリーン? と聞き返すと、葉さんがうなずいた。



「俺、海外で名前の意味を訊かれたら、大抵、グリーンだよって説明するからさ」

「リーフじゃなくて、ですか」

「うん、なんとなく、名前の意味合いとしては、狭すぎる気がするだろ、葉っぱって」



なるほど、確かに。

裏表をためつすがめつしながら、余計なデザインが入ってなくて、実にセンスのいい名刺に見とれる。



「いつ会社を起ちあげたんですか?」

「そんな立派なもんじゃないけど、前に所属してたエージェンシーを抜けた時にね、事業主のほうがいろいろ得だしってことで」



…あ。

急に話を継げなくなってしまった私を、葉さんが不思議そうに見た。

どうしたの、とのぞきこまれて、あの、とどう切りだしたものか、思いあぐねる。

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