グリッタリング・グリーン
螺旋階段の裏は、すったもんだだった。

なんとか静かにしてもらって、そろりと確認すると、部長と沙里さんは、微妙な距離で佇んでいた。

こちらの騒ぎに気づいた様子は、ない。


エレベーターが到着し、場違いなほど軽やかに、チンと悪気のない音が響く。

部長は、乗らなかった。


沙里さんは、少し寒い時にするように、両腕で自分を抱いて。

片手を軽くあげて挨拶した部長に、小さく微笑んだ。


コツコツと、革靴の音がロビーを足早に横切る。

表に出ると、部長は持っていた上着で、ズボンの汚れをさっと払い、タクシーを拾って行ってしまった。



『加塚さん…』

『葉さん、何か鳴ってます』

『え、あれ』



着慣れない服だからか、ぱたぱたと身体を叩いて、胸ポケットの携帯を見つけた葉さんが、ぎくっとする。



『母さんだ』

『え』



万が一にもホテルであることが伝わらないように、さらに隅のほうに移動する葉さんを、男の子と一緒に見守った。

やがて通話を終えた葉さんが、ふうと息をついて、なんともいえない表情をした。



『着替え持ってきてくれって、SOSコール』





その後、部長が、慧さんを殴った。

と、聞いた。



私も葉さんも、現場を見ていない。

その場にいたのは、エマさんだけだ。



『も、すごい形相だったわよ、スタジオに乗りこんできて、お前、何考えてるーって言って』



そのままボコーンよ、と緊張感のない擬音で、様子を再現してくれる。

なんでまた、と葉さんが驚くと、久々に見たらしい彼のイラストを興味深げに眺めて、エマさんが肩をすくめた。

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