グリッタリング・グリーン
葉さんが完全に無意識なのが、かえって私には、痛くて。

けれどさっき言っていたように、今の彼女はまるでマネージャーのように、葉さんと行動を共にしているので。

そんな場面に遭遇するのを、避けることはできなかった。



「加塚さんに、ごめんて言わなきゃなあ」



モニタに集中しているとばかり思っていた葉さんが、ふいにつぶやいた。



「例のいたずらの話? 必要ないわよ、それでようやく一歩踏み出せたんでしょ、感謝されてもいいくらいだわ」

「でもその一歩を、望んでなかったから親父を殴ったわけだろ」

「望んでたから踏み出したのよ、単に自覚がなかったから、自分にびっくりしちゃってるだけでしょ」

「自覚しないままのほうがよかったってことはない?」



エマさんは読んでいたファイルを閉じると、あなたがた男ってものは、と息をつく。



「まったく変化に弱いんだから、あのね、水だって空気だって、流れてる状態のほうが、健全なのよ」



言いながら、くるんと椅子を葉さんのほうに向けて、教師みたいにファイルで指した。



「安定と停滞は違うの、ただとまってたら澱むだけ、余計なこと考えてないで、ハンティングの準備は万全なんでしょうね」



葉さんは不満げな表情を見せると、何か考えこんで。

やがて、にやりと不敵に笑んで、デスクを離れた。



「誰に言ってんの」



そのまま廊下に消えた背中にエマさんが呼びかける。



「朋枝さんにもスタジオ入ってもらって、いいわよね?」



いーよ、と奥のほうから、あっさりした返事が来た。



「エマさん、私、関係ないのに、お邪魔でしょうし」

「いいのよ、葉はギャラリーがいたほうが冴えるの」

「人前が苦手なのにですか?」

「不特定多数の見世物になるのが嫌いなだけよ、プレッシャーは、あればあるほど燃えるの、それが好きな子からなら、なおさら」


< 144 / 227 >

この作品をシェア

pagetop