グリッタリング・グリーン
それを無視して、私描けます、なんて言えるような度胸が、私にあると思いますか。



「葉さんみたいなプロの方には、きっと、わかりません」

「プロって、どういう意味で?」



葉さんが不思議そうに訊き返してきたことで、私は自分だけがヒートアップしていることを痛いくらい意識して。

恥ずかしくなって、泣きそうな気持ちで唇を噛んだ。



「とにかく、私は、いいんです、趣味で描ければ」

「覚悟がないんなら、そのほうがいいよ」



うん、とうなずきながら葉さんが軽く放ったその言葉は、私にはきつすぎた。


覚悟って、なんですか。

一生描いていく覚悟ですか。

批判されても評価されなくても、自分の表現したいものを曲げない覚悟ですか。


そんなもの。

持てって言われたら、いくらでも持ちたい。


だけど、誰が私にそんな覚悟を求めてくれるんですか。

自分ひとりで覚悟だけ持ったって、滑稽なだけなのに。

覚悟を持つ資格が自分にあると、思うことすら難しいのに。



「…覚悟、ないので」



今のままで、いいです。


声が震えないように、必死で耐えて。

なんとかそれだけ伝えると、私は葉さんの横をすり抜けて駅に駆けこんだ。


世界が違う。

私は、ちょっと作った図案が採用されて有頂天になってるくらいがお似合いの、ただの制作会社の従業員で。

葉さんとは、違う。


葉さんには、世界がすごく単純に見えているんだろう。

勤め人じゃないからって、好き嫌いで何もかもが運ぶとは、さすがに私も考えないけど。

でも読まなきゃいけない空気とか、汲まなきゃいけない事情とか、そういうものは少ないに決まってる。


あんなふうになりたいと夢見て、その裾野にすらたどりつかなかった友達が、私にはたくさんいる。

目指すものと得意とするもののギャップに疲れ果てて、全部をあきらめた人も知ってる。


それらすべてがぴたりとはまって、チャンスを手に入れて、実力を認められて。

そんな場所に立てる人は、本当に本当に、わずかだ。


そこからは、何が見えるんだろう。

きっと私には想像もつかない、シンプルで綺麗な景色が見えるんだろう。

葉さんは、そんな世界で生きてるんだろう。

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