グリッタリング・グリーン
「違うってんなら、聞いてやるから指摘してみろ」
片腕の動かない葉さんに、重たい資料が容赦なく、どさりとほうり投げられた。
葉さんは長い間、それと慧さんをじっと見比べて、やがて静かに言った。
「スタジオに戻る」
葉! と部長の叱責が飛んだ。
葉さんがベッドを降り、戸口へ向かう。
「葉、何考えてる」
「一時間で引き継ぎして、ここに戻ってくる、そのあと入院でも手術でも、なんでもするよ」
いいだろ、と私たちを見回した目は、まだ泣き腫らした名残で真っ赤に濡れているのに、奥底で獰猛な闘争心が揺らめいていた。
葉さんが、資料を投げつけるように慧さんに返した。
「余計なことしやがったら、ただじゃおかねえからな」
「ハナッたれがよく言うよ、顔洗ってこい、情けねえ」
さすがに葉さんも、このままの顔では戻れないと気づいたらしく、部屋に備えつけの洗面所におとなしく入った。
慧さんと加塚部長が目線を交わす。
どちらからともなく、それはすぐにそらされて、でもふたりの顔は穏やかだった。
「プログラマは俺の信頼してる奴、呼んだぜ、お前と違って俺はそっちはできないからな、そのくらい勘弁しろよ」
「わかった」
「お前、自分の出番は心配なしかよ」
「どうとでも合わせるよ、ティムの指示があれば動ける」
「さめてんなあ、可愛くねえ」
「パフォーマーの勘をなくしちまったんだろ、親父? 企業様と商品開発ばっかりしてるからだぜ」
情けねえ、とさっきのお返しとばかり嘲笑った葉さんを、慧さんが蹴った。
タオルで顔を拭きながら、葉さんが蹴り返す。
折れた腕が、痛まないわけはないのに。
動かない指が、不安でないわけはないのに。
それでも、何よりも大切なのは、プライド。
誇り。
あっ、とその時、降ってきた。
私、葉さんが好きだ。
どうしてこんな単純なことが、今まで言葉にならなかったんだろう。
葉さんが実は、手の届かない存在だったとしても。
エマさんにどれだけ引け目を感じたとしても。
私。
葉さんが好きだ。