グリッタリング・グリーン
会社に着く前に、真っ赤になっているであろう目をどうにかしなきゃ。

そう思いながら、暖かい電車内で緩んだ鼻をぐずぐずとすすり、かじかむ手で涙を拭いた。





プルルという呼び出し音に、いっそ永遠に途切れなければいいと思いながら耳を澄ました。

この間、葉さんに変な姿を見せてから数日になる。

毎月末日に納品してもらうイラストを、年末進行のため前倒してもらわなければいけない。

発注時に伝えてはあったんだけど、直前のこの時期に確認するのを忘れていて、電話している次第だ。



『はい』



残念ながらつながった。

留守番電話でよかったのに…と思いながら用件を伝えると、覚えてる、といつものとおり、ぶっきらぼうな声がした。

その様子からは特に、この間のことを気にしている気配は感じられない。

そりゃそうか、とデスクの電話のコードをもてあそびながら、バカみたいだなと自分を振り返った。



『25日ね』

「難しければ、もう少し引っぱれますが」

『逆、24日に渡す。その日俺出てるから、出先で渡すんでもいい?』



はい、と返事をすると、なんの前置きもなく落ちあう場所を告げられ、慌ててメモを取った。

最近よく遭遇していた、あの駅の近くだ。



「18時ですね」

『いや、5分前』



5分前?

細かい指定に、わけがわからないながらも、承知しました、とうなずく。



「では18時5分前に、お待ちしてます」

『遅れないで』



直後に用事でもあるのかと念のため確認しようとしたら、その前に通話は切れた。

とことん自分のペースな人だ。


この会社と継続的な契約をしているメーカーがお客様向けに毎月出す冊子の、表紙を葉さんは担当している。

はじめのうちは、こちらから要望やラフを出したりしていたらしいんだけど、今ではすっかりお任せで、好きなもの描いてください、という感じになっていた。

毎月、私もその絵を見るのが、楽しみで仕方なかった。


結局私は、絵というものに携わっているだけで幸せなのかもしれない。

妥協でもなんでもなく、そう思う時があるのは事実だった。



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