グリッタリング・グリーン
葉さんの手が、肩に食いこんだ。

私が聞いていい話じゃなかった、と悔やんでも遅い。


慧さんが疲れたように、デッキのベンチに腰を下ろす。

ちらっと見あげた以外は、部長を見ない。



「あんなに後悔したことって、なかったよ、とり返しのつかないことしたと思った、お前に合わす顔がなかった」



煙草を求めてか、うしろのポケットを探りかけたのを、気が変わったらしく、中断して。

手持ち無沙汰に、ひざの間で組んだ指を動かしながら、木の床を見つめた。



「沙里は最初から産む気だった。結婚を決めた時、お人好しのお前は、おめでとうとか言いやがって、もう消えたくなったよ」

「他に…なんて言えばよかったんだよ」

「話が違うとか、聞いてねえとか、俺を殴るとか」

「逆の立場だったとして、できるか、そんなこと?」



そうだな、と慧さんは苦笑して。

少し何か言いたそうに口を開いたけれど、思い直したように、首を振り。

弾みをつけて立ちあがると、横を通りすぎざま、部長の肩を叩く。



「ま、そういうことだから、お前は気兼ねなく、沙里といていいんだよ」

「お前は、どうなんだ」

「もうちょっと具体的に訊いてくれ」

「お前にとって、沙里はなんだ」

「バカ息子の、できすぎた母親だよ」

「それだけか」



それだけだよ、と片手を振って、こちらへ来た。


はっと我に返ったように、葉さんが、やべ、と私を、大きなラタンのソファの陰に引っ張りこむ。

転げるようにして、テラスからの死角におさまった時、なんでか慧さんが、入ってこないことに気がついた。


首を出して確認しようとしたところを、こら、と葉さんに引き戻された時。

鼻先を、布地がかすめた。


鮮やかなネイビーブルーのシフォン。

コツンとヒールの音をさせて、慧さんが手をかけていたガラス戸を、内側からゆっくり開けたのは。


沙里さんだった。



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