グリッタリング・グリーン

痛いくらいの静寂だった。

慧さんは、沙里さんの名前をつぶやくと、それが精一杯だったらしく。

横をすり抜けて、ふと立ちどまる。



「加塚、お前はバカだけど」



ひとつ当たってるよ、とテラスを振り返って。



「俺は確かに、自信がないんだ」



苦い響きを打ち消すように、おどけて首をすくめ、バーのほうへ行ってしまった。

長らく消えていた主役の帰還に、来客たちがわっと沸く。


沙里さんが部長に目を戻すと、背の高い姿が、ぎくりとたじろいだ。



「わ、悪い、お前のいないところで、あんな」

「あんな?」

「…あんな話、聞いて、それも、今ごろ」



華奢なヒールが、テラスの木の床を踏む。

レースのカーテンが、ふわりとふくらんで、私と葉さんをなでて。

冷房が少し効きすぎだと感じていた私は、流れこんでくる夏の夜気に、安心した。



「全然、知らなかったんだ、俺、その」



沙里さんの首に巻かれた、薄いブルーのストールが、風に揺れる。

至近距離で見つめられるのに耐えられなくなったらしい部長が、何かを探すようにテーブルを振り返った時。

沙里さんが、くすりと笑った。



「なんの話してたのかと思ったら、昔話ね?」

「え…」

「聞こえなかったわよ、聞き耳立ててたわけじゃなし」



立てていたばつの悪さに、思わず葉さんと目を合わせる。

そういえば彼らに関しては、こんなふうにこそこそしてばっかりだ。


部長は呆然として、言葉もなく。

噴き出した沙里さんに、がくりと脱力して、うなだれた顔を手で覆った。



「ごめん…」

「気にしないで、慧が勝手に話したんでしょ」



木のテーブルに腰を預けて、ため息をつき。

煙草をとり出すと、気を紛らすように、落ち着かない所作で火をつける。

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