グリッタリング・グリーン
あれはねえ、と手すりにもたれた沙里さんが笑った。



「遺伝ていうより、慧の教えなの、思ったことを隠すな、ただし嘘だけは言うなって」

「へえ」

「本当のことを、親友に伝える機会を失って、20年も苦しんでた人だから」



一瞬、あたりからふわりと音が消えた気がした。

すぐ近くで、湾に水を流しこんでいるはずの河口が、かすかな潮の匂いだけで、存在を伝えてくる。


部長はテーブルに腰をかけたまま、長いこと考えこむように、足元を見つめて。

一本を吸いきると、ゆっくりと新しい煙草に火をつけてから、口を開いた。



「俺はこう見えて、欲しいものは何がなんでも手に入れないと、気が済まないタチなんだ」

「知ってる」

「だよな」



笑いあう様子に、学生の頃の姿が、重なって見えた気がした。

まだ、未来に待つものを知らずに、学校で出会って、自然と仲よくなった、三人のうちの、ふたり。



「気に入ると絶対自分のものにしたくなるし、それが叶わないとすごくつらくて、最悪なことに、あきらめも悪い」

「誰かみたいに、飽きっぽいよりずっといいわ」

「俺はもう、心穏やかに生きていくって決めたんだ」



何それ、と沙里さんが笑うと、部長がテーブルを離れて、彼女の隣に並んだ。

沙里さんの無言の催促を察して、煙草を出す。

嬉しそうにくわえさせてもらう沙里さんを、見守るように微笑んで、火をつけてあげながら。


だからさ、と親しげに語りかけた。



「お前を好きだなんて、言わないよ」



赤く灯った煙草を口に挟んだ横顔が、上を向いた。

ふたりの視線が絡む。


一瞬の間に、そこで何かの約束が結ばれたみたいに。

ふっとお互い微笑んで。


部長は優しく目を合わせたまま。

かすかに首を振った。



「一生、言わない」



風が、甘くて苦い香りを運んできた。





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