グリッタリング・グリーン
サンドイッチをくわえて、律儀に紙ナプキンで受けた体勢のまま、さっとベンチに飛び乗り、私を越えて反対側に回る。

息を弾ませたレトリバーがそちら側に行くと、盾にするように、ぐいと私を引き寄せた。



「葉さん、犬ダメなんですか」

「うん」



あらら、可愛い。

でも残念ながら、犬は自分を嫌いな人がわかる。

レトリバーも、もてあそぶように執拗に葉さんに迫り、無邪気を装っては濡れた鼻を押しつけた。



「なんでこいつ、こっち来んの」

「そのサンドイッチが欲しいんですよ」

「あげたらあっち行ってくれる?」

「犬に人間の食べ物はよくないです」



どうすりゃいいんだよ、という声は、泣きそうだ。

これは真剣にダメなんだなと悟り、犬の首輪をとって、葉さんから引き離した。


喉をかいてあげると、うしろ足が浮く勢いで尻尾を振る。

私の陰で身を硬くしていた葉さんは、レトリバーが飼い主の元に戻るとようやく、深い息をついてベンチに座り直した。



「ほんとにダメなんですね」

「ほんとにダメ」

「昔からですか?」

「牧場とかで、動物さわれる場所あるじゃん、小さい頃、仔犬がうじゃうじゃいる柵の中に、親父にほうりこまれて、以来ダメ」



あー…と同情の声が出た。

それは、苦手になるかもしれない。



「仔犬っていっても、大型犬の子供だったから、当時の俺より全然でかくて、もう完全にトラウマ」

「葉さんにも苦手なもの、あるんですねえ」

「全然あるよ」



たとえば、と訊くと、点滴、と即答される。

注射じゃなくて?



「針が居座る感じが嫌い、ぞわぞわする」

「他には」

「バイク」

「事故の経験でも?」

「昔、親父のバイクのマフラーでけっこうひどいやけどして、今でもなんか、近寄るの怖い」

「慧さん、だいぶ一役買ってますね」

「こんなんばっかだよ、親父の記憶」


< 204 / 227 >

この作品をシェア

pagetop