グリッタリング・グリーン
「生方は、趣味で描ければいいって言ってたけど」
「…はい」
「描く時って、道具を使うよね」
はい、とうなずきつつ、なんの話かわからず彼を見る。
「鉛筆も使うし筆も使うし、絵の具と紙なんて山ほど使うよね。でも、そういうのも、誰かが作ってるわけだろ」
「はい」
「俺も、ひとりでできる仕事なんて限られてる。いろんな人に助けられて、作品てできてて、それを考えるとさ」
少し上向いた横顔が、ふうっと夜空に煙を吐いた。
白い息と混ざったそれは、銀の光に紛れて散っていく。
「作って終わりなんて、俺は思えない。ひとりでも多くの人に見てもらって、感動してもらって、それでこそ作品だろって」
ああ、とすとんと理解できた。
この自負と責任感こそが、彼が自分に課している「プロ」としての義務なんだろうと。
純粋で、だからこそ厳しくて温かい。
彼の倫理はそのまま、彼自身のイメージと重なる。
「ごめん俺、会社とかで働いたことないから、あれなんだけど」
葉さんが煙草を噛んで眉を寄せながら、スニーカーのつま先に目線を落とした。
「生方が絵を描くことで誰が損をするのか、どうしてもわからない。ロイヤリティが欲しいってわけでもないんだろ?」
「葉さんは、優しいですね」
私が「できない」と言った理由を、彼なりに考え続けてくれていたんだろう。
私は正直、彼がここまで私の夢について親身になってくれることが、純粋に驚きだった。
葉さんは、ぱっと顔を上げて私を見ると、ふて腐れたような声を出した。
「誰にでもってわけじゃない」
え、と思った時。
きらきらとまたたいていたツリーとショッピングビルがふわっと輝きを増したかと思うと、ほの青い光の残像だけを残して、静かに消えた。
あ、と葉さんが、慌てたように腕時計を見る。
「これから、時間ある?」
「時間、というと」
「食事しない? あのビルのオーナーがクライアントだから、ちょっとリッチなレストラン、タダで予約できたんだ」
「は?」
私が困惑している間に、葉さんは灰皿に煙草を捨ててひょいと身軽に立ち上がり、私の手を取って立たせると、ビルに向かって歩きはじめた。