グリッタリング・グリーン
生方(うぶかた)、と呼ばれ、私は大量のポジから顔を上げた。
「イラスト、あがったって連絡あったよ」
「じゃあ、行ってきます」
よろしく、と部長がPCから顔も上げずに、ひらひらと顔の横で手を振る。
部長でありつつまだ現役のライターでもある彼は、40代というのに独り身で、結婚する気配も見せない。
いい男なのに、もったいない。
料理写真のポジを、チェックの終了したものとそうでないものに分けていると、やっとくよ、と先輩が手を貸してくれた。
「早く彼のとこ行ったほうがいいよ。ただでさえ気難しい人なんだから」
「そこまででもないですって」
「寛容すぎよ、朋枝(ともえ)ちゃん」
行った行った、と追い出してくれる未希(みき)さんに感謝して、大きな製図机の間をぬって壁際のロッカーへ向かう。
ダウンジャケットとマフラーをハンガーからとると、コンクリート打ちっぱなしのこじゃれたオフィスを出た。
真っ赤に塗られたスチールのドアをガチャンと開けたところで、うわっと思わず声が漏れた。
雪が降ってる。
まだ12月に入ったばかりなのに、この時期に都内で雪なんて。
さいわいボアのカジュアルなブーツで来ていたので足元の心配はない。
ダウンの前をかき合わせて、雪が服に入りこまないようマフラーをしっかり巻いてフードをかぶる。
白い湿った息を吐きつつ、暮れかかる街を、積もりはじめの雪をシャリシャリ踏みながら駅まで走った。
「雪、持ち込まないで」
「すみません」
玄関の前で払ったつもりだったけれど、まだどこかにくっついていたらしい。
私を迎えに出てくれた葉(よう)さんが、不機嫌に眉根を寄せた。
とりあえずもう一度表に出て全身をはたいてこようときびすを返しかけた時、フードをぐいと引っぱられて、苦しさに振り向いた私のマフラーを、彼がけだるげに払ってくれた。
「ありがとうございます」
「上がって」
言い終わる前に、葉さんはさっさとアトリエである和室に向かう。
この寒いのに、薄手の黒い長袖とデニムに、素足だ。