グリッタリング・グリーン

寒さのあまり、駅までの道を小走りになっていると、携帯が着信を知らせた。

印刷会社の営業さんからだった。



「えっ、もうですか、早い! すぐ行きます、ちょうど外なので」

『お待ちしてます』



慌てなくていいですよ、と笑いながら、無理を言った日程よりさらに早く校正を刷り上げてくれた営業さんは電話を切った。

胸が高鳴った。

葉さんのイラストをふんだんに使った児童向けの百科事典の、上巻がいよいよあと一息で発行というところまで来たのだ。


私の勤めるのは、都内の制作プロダクション。

書籍やメーカーのカタログなど、印刷物を中心とした制作を請け負っている。


葉さんは“榎本葉”というペンネームで私たちと契約しているイラストレーターで。

実は彼が“聖木葉”というライティングクリエイターだったと知ったのは、去年のクリスマスのこと。


社会人一年目の私は、地方の美大を出て、趣味で絵を描きながら制作進行の仕事をしていた。

葉さんが背中を押してくれたおかげで、その趣味が、少しだけ仕事になろうとしているところで。

なんだか笑ってしまうくらい充実している、そんな日々なのだった。



「あ、戻ってきた、ちょっと待ってろ」



印刷所に寄ってからオフィスに戻ると、廊下の端で携帯電話と話していた部長が私を手招いた。

ダークグレーに近い紺のスーツを着た加塚(かづか)部長は、制作会社にありがちなカジュアルさや昼夜逆転の気配なんてなく。

ぴしりと決まった、渋いというにもまだ早い、かっこいいビジネスマンだ。



「電話、葉なんだけど」

「えっ」



さっき会ってきたばかりなのに?

おかしそうに部長が笑うと、目元に優しいしわが寄る。



「別件で話してたらね、今夜飲もうかって流れになって、葉が、生方も来るかって訊くもんだから」


< 30 / 227 >

この作品をシェア

pagetop