グリッタリング・グリーン
「それより前には戻ってくると思うよ、5月頭に向こうである、イベントの仕事なんだ、それが終われば」
「それが終わるまで、帰れないんですか…」
当たり前でしょ、とたたきに立つ私を、見おろすように首をかたむける。
その目にはまだ、簡単には気を許さないぞって意志が見えて、彼がまだ先日の諍いを忘れる気がないのがわかった。
別にかまわない、私だって忘れる気、ないから。
でも。
それとこれとは、別の話だ…。
まだ3月に入ったばかりなのに、5月って。
なんだか途方もなく遠い未来の話に思える。
「フライトと滞在先の予定は、決まったら連絡する」
「あの、いつ頃ですか、出発は」
「なるべく早く、来週末には出たいかな」
そうですか…とうなだれた私を、葉さんがどう受けとったのか、わからない。
彼は、用は終わったとばかりに、私を玄関から押し出して、引き戸を閉めた。
預かった原稿を手に、とぼとぼと歩いた。
発行間近の子供向けの百科事典は、来期中に中、下巻も発行が決まっていて、合わせると百点近い挿絵を葉さんに発注している。
作業量が偏らないよう、葉さんと私は最初に話しあって、月々一定の点数を納めてもらうことにしていた。
今、私の手にある封筒の中には、いつもの2倍以上の量の原稿が入っている。
当分受け渡しができないことをわかっていて、きっとそれなりに前から準備していたんだと思うと、少し悲しくなった。
でもなんでこんな悲しいのかわからない。
葉さんはひとつも、間違ったことをしていないのに。
制作がとまらないように、私が困らないように、ちゃんとこうして、用意してくれていたのに。