グリッタリング・グリーン

「それより前には戻ってくると思うよ、5月頭に向こうである、イベントの仕事なんだ、それが終われば」

「それが終わるまで、帰れないんですか…」



当たり前でしょ、とたたきに立つ私を、見おろすように首をかたむける。

その目にはまだ、簡単には気を許さないぞって意志が見えて、彼がまだ先日の諍いを忘れる気がないのがわかった。

別にかまわない、私だって忘れる気、ないから。


でも。

それとこれとは、別の話だ…。


まだ3月に入ったばかりなのに、5月って。

なんだか途方もなく遠い未来の話に思える。



「フライトと滞在先の予定は、決まったら連絡する」

「あの、いつ頃ですか、出発は」

「なるべく早く、来週末には出たいかな」



そうですか…とうなだれた私を、葉さんがどう受けとったのか、わからない。

彼は、用は終わったとばかりに、私を玄関から押し出して、引き戸を閉めた。


預かった原稿を手に、とぼとぼと歩いた。

発行間近の子供向けの百科事典は、来期中に中、下巻も発行が決まっていて、合わせると百点近い挿絵を葉さんに発注している。

作業量が偏らないよう、葉さんと私は最初に話しあって、月々一定の点数を納めてもらうことにしていた。


今、私の手にある封筒の中には、いつもの2倍以上の量の原稿が入っている。

当分受け渡しができないことをわかっていて、きっとそれなりに前から準備していたんだと思うと、少し悲しくなった。


でもなんでこんな悲しいのかわからない。

葉さんはひとつも、間違ったことをしていないのに。

制作がとまらないように、私が困らないように、ちゃんとこうして、用意してくれていたのに。



< 57 / 227 >

この作品をシェア

pagetop