グリッタリング・グリーン
「アナタ、どうぞ!」
視線を浴びて、葉さんが目を丸くした。
「えっ、俺?」
「そうデス!」
戸惑う葉さんに、観客から拍手が贈られる。
一緒になって拍手する無責任な私を、困り顔で見ると。
何やら決意を固めたらしく、葉さんは、よおし、とうなずいて、斜めにかけていたバッグを肩から外した。
「持ってて」
「頑張ってください」
「うん」
前に出た葉さんが男性から刷毛を受けとると、拍手がいっそう大きくなった。
綺麗に拭かれたアクリル板を、計るように眺めながら、葉さんが、もう一本も貸して、と手を出す。
男性はちょっと驚いた顔で、二本目の刷毛を手渡した。
「時間制限は、5分デス、グルーが乾いてしまうのデ」
「平気、1分で描くから」
たぶんみんな、せいぜいスマイルマークとか、自分の名前とか、そういう単純なものを予想していたんだと思う。
両手に持った刷毛で、葉さんが迷いなく、するすると何かを描きだすと。
誰もが目を丸くして、熱心に見つめはじめた。
あっけないくらい素早く描き終えて、葉さんは一歩下がると、作品を確認する。
ここからは、何が描かれているのかさっぱりわからない。
そして驚いたことに、グリッターが振りかけられたあとも、やっぱり何が描かれているのか、わからなかった。
見慣れない地図みたいに、金色の小島が、黒い海に浮いているだけ。
戸惑いと、慰めみたいな軽い笑いが湧きかけた時。
葉さんが、くるんとアクリル板をさかさまにした。
何人かが思わず立ちあがるくらいの衝撃だった。
さっきまでなんの意味も成していなかった金色の群れが、ひっくり返った瞬間、誰もが知る女優の顔に、変身したのだ。
『ローマの休日』だ!