グリッタリング・グリーン
『わかってたら、それなりの格好してきたのに』
『充分キュートよ、すばらしい演出をありがとう』
デニムにニットという場違いな服装で舞台に上がらされて、きまり悪そうに笑う。
葉さんを見おろすほどの背丈の女優さんが、挨拶と呼ぶには熱烈すぎる抱擁と、迫力満点のキスを浴びせた。
『去年この場でトロフィーを渡して以来、私はあなたの大ファンなのよ、ヨウ』
『意外と最近からだね』
顔を赤らめながらの憎まれ口に、会場から口笛が飛んだ。
授賞式そのものが始まる前の、ほんの一瞬のできごと。
だけど私の記憶には、そのシーンばかり残った。
字幕で伝えられる、葉さんの言葉が、なんだかすごくよそよそしくて。
私にはなじみのない文化の中にいる彼を、遠く感じた。
けど今、繋いだ手の熱さとか。
照れくさがっている背中とか。
そんなものが、近すぎて。
もうよく、わかりません。
「いけね、ラストだ」
葉さんが煙草の箱をつぶしながら、つぶやいた。
暑そうに、片手でシャツをぱたぱたさせている。
結局、人ごみを抜けるまで走りきった私たちは、ちょこんと建っていたこの喫茶店を見つけるなり、吸いこまれるように入ったのだ。
「コンビニ、見なかったよね」
「近くには、ないっぽいですね…」
窓から見渡せる範囲に、そういったものはない。
最後の一本をくわえて思案する葉さんに、マスターらしきおじさんが声をかけた。
「お煙草、少しなら店に置いてますよ」
「ほんと、これ、ある?」
「ひとつ軽いのでしたら」
葉さんが、見るからにほっとした表情になる。
煙草吸う人って、大変だ。