グリッタリング・グリーン
「葉はね、昔、嫌な目にあってるんだよ」
部員数人でクライアントの会社を訪れた帰り、電車の中で、部長が教えてくれた。
俺も全部を知ってるわけじゃないけど、と前置きして、私の知らない葉さんの話を、してくれる。
「まだ駆け出しの頃ね、目ざとい海外のエージェンシーが、葉を契約クリエイターにしようとしたんだ」
「それ自体は、悪いことじゃないですよね?」
むしろ知名度の低い頃であれば、そういうところに所属して仕事をもらい、実績を積んでいくのは、常套だ。
吊り革を私に譲って、網棚のバーに手をかけた部長が、それだけならね、とうなずいた。
「運悪く当時、若手のアーティストを、タレントみたいに売り出すのが、欧米で流行っててね」
「やたら顔出ししたりとかですか?」
「もっとひどい、クリエイター本人の写真集を出したりとか、そういう方向」
「はっ?」
作品でなくて、作家の写真集?
「あきれるよな、まあクリエイターとしての腕が足りないなら、それで知名度上げるってのも、手だけど」
「葉さんは、そういうの絶対、嫌いでしょう」
「もちろん、でもあいつは、あの外見だろ、目をつけられてね。本人の承諾なしに、エージェンシーが葉の写真を露出したりしたんだ」
「えっ…」
「当然、一部の層にかなり受けて、名指しの仕事は来た。葉の意志と無関係に、エージェントが勝手に引き受けた」
ひどい。
「本人も抵抗したけど、いかんせん当時は力がなかった。契約解消したいと言えば、今度は葉のほうが契約不履行だと責められて」
部長は当時を思い出すように、窓の外を見た。
「葉は本当に、プライドを傷つけられたんだよ」