王子様の献身と憂鬱
「なるほど、でも増永さんの前では女子力アピでestelle使ってるって事ね」
「だってこんなの隣の席だと臭うじゃん。増永さんの前では絶対使えない」
「さっすが計算高いねえ」
「健気って言ってよ。乙女心なんだから」
軽口を叩き合いながらも彼女達は仕事を再開させる。
キーボードを叩く指も書類をめくる指も、潤いと共に少し元気を取り戻した様だった。
それから間もなく。
「お疲れ。日下さんも谷原さんもまだ残ってたのか」
フロアの入り口に現れた人影が近づいてきて、彼女の隣の席に鞄とジャケットを置いた。
「……増永さん!今日直帰じゃなかったんですか」
先程までの姿が嘘の様にピシッと背筋を伸ばした彼女が、まだ微かにビタミン臭を漂わせている手をさりげなく椅子の背後に隠す。
「そうしようかと思ってたんだけどさ、課長から例の件のデータ修正日下さん達に今日中にって指示したって聞いたから」