定時になるまであと5分
国橋は重たそうに口を開いた。
「いやぁ……。名前が変わることもある生き物なんだなぁ、女っていうのは……」
「……急にしみじみと、何を言いだすかと思えば」
急に、では、ないのかもしれない。もしかしたら。
結婚することを国橋に告げたときから、何度かこんな空気になっていた。
「もう、国橋夫婦って冷やかされることもないんだな」
こっちまでしんみりしてしまうからやめてほしい。
〝国橋〟という名字は、めちゃくちゃ珍しいというわけではない。
ただ、そこまでメジャーではないというか、親戚でもないのに一つのコミュニティの中で被るというのは稀な名字だ。
だから入社してからずっと、名字が同じ彼と私は冷やかされ続けた。
付き合っていたことなんて一瞬もないのに事あるごとにカップルとして囃し立てられ、たまたま出勤のタイミングが被るだけで〝夫婦でご出勤か!〟とからかわれた。
「……そうだね。長年の悪習から解放されるじゃない。清々するでしょう?」
そう言って笑いながら、
……笑ってみたけど。
うっかり泣いてしまいそうになってる自分に気付く。
今日までの私は。
彼がいて初めて、会社でこの存在を主張できていたのだと思う。
自己主張があまり得意でない私は人の目に止まるタイプではなかったけれど、彼と同じ名字だったばかりに周囲からいじられるようになって。
うんざりする日もあったけど、いつの間にかこの会社に馴染んでいた。
だからきっと、この名前には愛着がある。