ひととき 「恋心の行方」
恋心の行方
それはいつもと同じ会社のお昼休みでの出来事。
同じ課の同期で親友の佐川春に誘われて大村葉子は、春が他に声をかけた後輩2人と4人でランチを食べに社外にでた。
葉子はつい先日34歳になったばかりだ。
現在の会社に新卒で入社し、取引先の5歳年上の夫と仕事を通して知り合い、恋をして、結婚をして今年で10年目になる。
一人娘も早いもので、もう9歳になり、ようやくこの頃子育てと仕事の両立の慌ただしさから少しだけ解放されて、今はランチを外で食べたりする事ができるようになった。
そんな日々が楽しい。
子供がまだ小さい頃は、お迎えの電話がいつかかってくるのかわからないので、忙しくてもできるだけ朝に弁当を作り、社内で弁当を食べて、余った時間は、いつ早退しても大丈夫なように繰り上げて自分の仕事を片付けて過ごす事が多かったのだ。
目的地のパスタ店に着くとスマホを片手にもち後輩が
「最近彼が冷たいんです。ラインの既読も返信も遅いし。なんだか素っ気なくて…」
と嘆きの声をあげた。
まだ彼女は24歳。
彼氏の態度や言葉がとても気になるのだという。
「でも別に浮気をしているとか、あきらかに距離を置かれている訳ではないんでしょう?」
彼女の事をフォローするようにもう一人の後輩が彼女に問いかけた。
「それはそうなんですけれど…」
「つきあい始めてどの位だっけ?」
「1年です。…つきあいはじめた頃はすごく優しかったんです。すぐにラインも既読になっていたし、返事もすぐ返ってきてたんですよ」
彼女は不満気にため息を漏らした。
「1年も経てばそれはつきあいはじめの頃とは態度が違うわよ。そもそも男なんて本当はそういうことに無頓着だもの」
「先輩は不安に思うことないんですか?結婚したいとか、子供が早く欲しいとか女には色々都合があるじゃないですか」
「 そうねえ…それはわかる。私ももう28だしね…今の彼とそろそろ結婚したいって気持ちは強いかも。子供も欲しいしね」
「そうですよ。女は若いうちに自分を売り込まないとダメなんですよ」
彼女は、ね?そうでしょう?という具合に得意気にいった。
葉子の隣に座っている春がわざとらしく後輩達に向かって
「…それは私が売れ残りだって言いたい訳?」
「違います!春先輩は仕事ができるしカッコいい大人の女性って感じで憧れてます」
「春さんは仕事が一番の恋人っていつも飲むと言っているじゃないですか」
慌てて彼女達はそれぞれ否定の言葉をあげた。
春は二人の慌てた様子を眺めて楽しむと
「私がそんな事を気にするように見える?」
と声をあげて笑った。
後輩二人は春にからかわれた事に気がつくと安堵の表情を浮かべた。
「ここにさ、二人の目標とする大先輩がいるじゃない。そういう事は葉子に聞きなさいよ」
春が話題を葉子にむけた。
「そういえば葉子先輩は結婚も出産もかなり早いですよね?」
「そうね。23で結婚して24で子供を産んだから…今思うと早かったのよね」
葉子は他人事のように答えた。
「葉子先輩はどうしてそんなに早くご主人と結婚したんですか?」
彼氏の愚痴を言っていた後輩が真剣な眼差しで葉子に質問した。
「…タイミング、かな。夫と私は5歳年が違うから、夫にとってみれば結婚は特別早いものではなかったから」
葉子が答えると
「そんな身も蓋もないような話じゃなくてですね。先輩はご主人の事をどう思って結婚する事に決めたのかとか、今はご主人の事をどう思っているか、そういう具体的な恋愛話が聞きたいんですよ」
「そうですよ。私達にはその辺りの話がとても重要で必要なんですよ」
後輩二人に真剣に睨まれてしまった。
「葉子の旦那はね、理由までは私は知らないけれど葉子に一目惚れしたのよ。それで葉子を何度も諦めずに口説いてね。根負けした葉子とつきあいをはじめたかと思ったらあっという間に結婚が決まって社内で相当な噂になったのよ。展開が早すぎて。できちゃった婚でもないのに」
春が面白がって後輩達に告げた。
半分は本当で、半分は後輩達をからかう為の嘘だ。
会社に訪れる取引先の担当だった夫に恋をしたのは葉子の方が先なのだから。
「それはますますお話を詳しくききたいです」
「今でもご主人から好きとか言われたりするんですか?」
二人とも興味深々な様子で、葉子は仕方がなく
「今は…誰よりも一番近くにいる親友で戦友かな。仲もそう悪くはないから、普通?」
そう答えた。
「葉子の所仲いいよ」
春がそうつけくわえた。
その後も後輩達からの葉子への質問は次々と飛び出したけれど、葉子は曖昧に質問をかわした。
お昼休みも終わりに近づき後輩達はしぶしぶと「今日のところは…」と葉子への追求を諦めたようだ。
会社への帰り道に春から
「別に少し位は話くらいしてあげてもいいんじゃないの?」
「うん。別に隠している訳でもないんだよね。でも本当に親友とか戦友って言葉が今は一番のしっくりくるのよ。恋だの愛だのというのではない気がする」
「そんなもの?」
「そういうもの」
二人はそんな話をしながら会社に戻った。
(恋とか愛か…)
午後の始業時間の5分前にスマホの着信を確認していた葉子は、ふとした遊び心で夫に
『好きですよ』
と一言だけのメールを送信した。
すると手元のスマホがすぐさま振動した。
『俺の方が大好きですよ』
そのメールの返信は、これまでの10年間に夫から受け取っていた返信メールの中で一番早く届いた返信で。
葉子は思わず笑ってしまった。
結婚して10年。
葉子が思っているより予想外の所に、恋とか愛はまだ転がっているようだ。
同じ課の同期で親友の佐川春に誘われて大村葉子は、春が他に声をかけた後輩2人と4人でランチを食べに社外にでた。
葉子はつい先日34歳になったばかりだ。
現在の会社に新卒で入社し、取引先の5歳年上の夫と仕事を通して知り合い、恋をして、結婚をして今年で10年目になる。
一人娘も早いもので、もう9歳になり、ようやくこの頃子育てと仕事の両立の慌ただしさから少しだけ解放されて、今はランチを外で食べたりする事ができるようになった。
そんな日々が楽しい。
子供がまだ小さい頃は、お迎えの電話がいつかかってくるのかわからないので、忙しくてもできるだけ朝に弁当を作り、社内で弁当を食べて、余った時間は、いつ早退しても大丈夫なように繰り上げて自分の仕事を片付けて過ごす事が多かったのだ。
目的地のパスタ店に着くとスマホを片手にもち後輩が
「最近彼が冷たいんです。ラインの既読も返信も遅いし。なんだか素っ気なくて…」
と嘆きの声をあげた。
まだ彼女は24歳。
彼氏の態度や言葉がとても気になるのだという。
「でも別に浮気をしているとか、あきらかに距離を置かれている訳ではないんでしょう?」
彼女の事をフォローするようにもう一人の後輩が彼女に問いかけた。
「それはそうなんですけれど…」
「つきあい始めてどの位だっけ?」
「1年です。…つきあいはじめた頃はすごく優しかったんです。すぐにラインも既読になっていたし、返事もすぐ返ってきてたんですよ」
彼女は不満気にため息を漏らした。
「1年も経てばそれはつきあいはじめの頃とは態度が違うわよ。そもそも男なんて本当はそういうことに無頓着だもの」
「先輩は不安に思うことないんですか?結婚したいとか、子供が早く欲しいとか女には色々都合があるじゃないですか」
「 そうねえ…それはわかる。私ももう28だしね…今の彼とそろそろ結婚したいって気持ちは強いかも。子供も欲しいしね」
「そうですよ。女は若いうちに自分を売り込まないとダメなんですよ」
彼女は、ね?そうでしょう?という具合に得意気にいった。
葉子の隣に座っている春がわざとらしく後輩達に向かって
「…それは私が売れ残りだって言いたい訳?」
「違います!春先輩は仕事ができるしカッコいい大人の女性って感じで憧れてます」
「春さんは仕事が一番の恋人っていつも飲むと言っているじゃないですか」
慌てて彼女達はそれぞれ否定の言葉をあげた。
春は二人の慌てた様子を眺めて楽しむと
「私がそんな事を気にするように見える?」
と声をあげて笑った。
後輩二人は春にからかわれた事に気がつくと安堵の表情を浮かべた。
「ここにさ、二人の目標とする大先輩がいるじゃない。そういう事は葉子に聞きなさいよ」
春が話題を葉子にむけた。
「そういえば葉子先輩は結婚も出産もかなり早いですよね?」
「そうね。23で結婚して24で子供を産んだから…今思うと早かったのよね」
葉子は他人事のように答えた。
「葉子先輩はどうしてそんなに早くご主人と結婚したんですか?」
彼氏の愚痴を言っていた後輩が真剣な眼差しで葉子に質問した。
「…タイミング、かな。夫と私は5歳年が違うから、夫にとってみれば結婚は特別早いものではなかったから」
葉子が答えると
「そんな身も蓋もないような話じゃなくてですね。先輩はご主人の事をどう思って結婚する事に決めたのかとか、今はご主人の事をどう思っているか、そういう具体的な恋愛話が聞きたいんですよ」
「そうですよ。私達にはその辺りの話がとても重要で必要なんですよ」
後輩二人に真剣に睨まれてしまった。
「葉子の旦那はね、理由までは私は知らないけれど葉子に一目惚れしたのよ。それで葉子を何度も諦めずに口説いてね。根負けした葉子とつきあいをはじめたかと思ったらあっという間に結婚が決まって社内で相当な噂になったのよ。展開が早すぎて。できちゃった婚でもないのに」
春が面白がって後輩達に告げた。
半分は本当で、半分は後輩達をからかう為の嘘だ。
会社に訪れる取引先の担当だった夫に恋をしたのは葉子の方が先なのだから。
「それはますますお話を詳しくききたいです」
「今でもご主人から好きとか言われたりするんですか?」
二人とも興味深々な様子で、葉子は仕方がなく
「今は…誰よりも一番近くにいる親友で戦友かな。仲もそう悪くはないから、普通?」
そう答えた。
「葉子の所仲いいよ」
春がそうつけくわえた。
その後も後輩達からの葉子への質問は次々と飛び出したけれど、葉子は曖昧に質問をかわした。
お昼休みも終わりに近づき後輩達はしぶしぶと「今日のところは…」と葉子への追求を諦めたようだ。
会社への帰り道に春から
「別に少し位は話くらいしてあげてもいいんじゃないの?」
「うん。別に隠している訳でもないんだよね。でも本当に親友とか戦友って言葉が今は一番のしっくりくるのよ。恋だの愛だのというのではない気がする」
「そんなもの?」
「そういうもの」
二人はそんな話をしながら会社に戻った。
(恋とか愛か…)
午後の始業時間の5分前にスマホの着信を確認していた葉子は、ふとした遊び心で夫に
『好きですよ』
と一言だけのメールを送信した。
すると手元のスマホがすぐさま振動した。
『俺の方が大好きですよ』
そのメールの返信は、これまでの10年間に夫から受け取っていた返信メールの中で一番早く届いた返信で。
葉子は思わず笑ってしまった。
結婚して10年。
葉子が思っているより予想外の所に、恋とか愛はまだ転がっているようだ。