オレンジジュースとアイスコーヒー
「空井さん、ちょっと待って」
階段を急いで駆け上がって来たように、わずかに息の上がった佐久真の声。どうしてだろう。今日はいつもみたいなぼそぼそしたしゃべり方を1度も聞いていない。
歌った後って、声が出るんだろうか。
だいたいさあ、空井さんって。あたしも佐久真って呼んでるけど。彼氏と彼女なんだから、名前で呼ぶくらいしとこうよ。
けど、まあ。もう関係ないか。振り向いて、にこりと笑いかける。
「佐久真、そんないい声してたんだね。いつもと話し方全然違う」
「あ、いや、だって……空井さんと話すと緊張してたから。やっと慣れてきたっていうか、あ、ライブのテンションとかもあって……」
「んー、そっか」
あたしと話すときは、緊張しちゃうのか。こめかみのあたりを掻く佐久真が、あたしの目から下に視線をずらす。これも緊張からなのかな。
気にしてないけど、受付にいた子には緊張しないんだ。
ていうか、何で追いかけて来たんだろ。帰れるって言ったのに。