こい-みず 【恋水】(ぎじプリ)
「広岡さんっ!」
清楚な“女子アナ”イメージなんてクソ食らえ。
靴音も高らかに、ニュースルームへ飛び込んだ。
「…紫さん。どうしたんですか、血相を変えて。」
大海原を連想させる青緑色のジャケットを着た男が、笑みを湛えて振り返る。目尻の皺は細かく刻まれ、髪には白いものが幾筋も走っていた。襟元も、よく見れば随分とくたびれている。
…ああ、10年なんてあっという間だった。
いつの間に、こんなに。
「広岡さん、辞めちゃうって聞いて…」
「はは、耳が早いですね。」
「…本当なんですね。」
陽の当たらない、埃っぽい部屋。棚には1年分の新聞各紙が山積みにされ、無数にある端末はひっきりなしにアラームを鳴らして国内外の出来事を報じている。ここは、放送局の情報集約基地。広岡さんは、“ご意見番”として勤務しているここの主のような人だ。
一体、どれくらいの時間を一緒に過ごしただろう。
…いつの間に、こんなに。