こい-みず 【恋水】(ぎじプリ)
広岡さんが、微かにわたしの背中を撫でてくれた、気がした。遠慮がちなその動作がかえって愛しさを増幅させる。
…ヤバい。
こんなこと、くらいで。
息が出来ない。
胸が、つぶれそう。
「こんなところを他の皆さんに見られたら、私は袋叩きでしょうね。」
「…え?」
「紫さんは、ここのアイドルですから。」
この、偏屈なおじ様ばかり集まっているニュース室で…わたしが?若い子じゃなくて?
眉をひそめて見上げると、すぐそこに広岡さんの顔があった。一見、とっつきにくい感じがする、のに。その眼差しはすべてを包むように優しい。
知らなかった。
あなたがこんなに、魅力的だなんて。
「知らなかったでしょう、紫さん。密かに攻防戦が繰り広げられていたのですよ。貴女は誰に対しても敬意をもって、丁寧な対応をしてくれますから。」
「そんなことな…」
「この、綺麗な手で…」
カサついた指先がするりとわたしの指の腹を滑り降りる。上から下へ、…下から、上へ。その先の、股の部分にも。何度も、何度も。
「……っ、広岡さん、」
なにそれ、どんな名前の技ですか。
心臓が止まりそうです。
「いつだったか、私のジャケットを繕ってくれたのは…貴女でしょう?」
「…どうしてそれを?」
だって、あまりにも可哀想な状態だったんだもの。広岡さんが席を外している隙にササっとほつれを直してしまったことが、確かにあった。
バレてないと、思ってたのに…
「新海さんがその様子をご覧になっていましてね。後で相当絡まれました。」
ああ…よりによって一番面倒くさい人に。
「すみません、余計なことを…」
「嬉しかったです。」
彼ははっきりと告げた。
まっすぐな眼差しは逸れることなく私を射抜く。
「…嬉しくて。誇らしくて。このジャケットは墓場まで持って行こうと思いましたよ。」
「そんな大袈裟な…」
「本気です。」
「広岡さん…」
そんな寂しいこと、言わないで。