こい-みず 【恋水】(ぎじプリ)


くす、と乾いた笑いが耳元をかすめた。


「では家賃代わりに、夜は毎日紫さんに個人授業をして差し上げます。」

「授業…って…」

「貴女が毎晩、私の服を脱がせてくれるのなら、ですが。」

「……っ!?」


うう、誰かたすけてっ!
広岡さんが言うといやらしい!なんだかものすごく!
くつくつと笑うその声の裏に、違うものを想像してしまう。


「老いたりとはいえ、“知の泉”ですから。」

「じゃあ、」


まずはここから教えて。
あなたに対して芽生えたばかりの、この気持ちが何なのか。


「…教えてください。広岡さんをひとりにしたくないって、胸が潰れるような、この気持ちは…何ですか?」


憐れみとも、愛とも、恋とも。
どれもそうであって、またそうでない。
敬意や思慕も入り混じって、胸の中は複雑な模様を描いている。

でも、あなたにそばに居て欲しい。
それはシンプルな真実。


「…日本語は、いや日本人は実に、言葉に対するセンサーが細やかですね。恋や愛という漢字のついた言葉だけでも、数え切れない程あるのです。…ほら、」


広岡さんがジャケットの胸元を静かに開いた。
ちらと覗いたその先は無限に深く、広い。
なんて、高揚感。


「これらを一つ一つ、ふたりで味わいませんか。貴女と私の間にある関係も感情も…形のないものに名を付けるのは、当人達だけに許された贅沢な特権ですから。」


広岡さんが微笑む。
どんなに遠い道のりも、広い海も。あなたが導き手なら、怖くない。

年が明けたら、一緒に暮らそう。
こんな忙しない空間じゃなく、あなたがゆったり過ごせる書斎を用意して、待ってるから。

抱き締める腕に力を込めて、頷いた。

「…はい。」



…まずは部長に許可をもらってから、ね。






★☆★☆★ 終 ☆★☆★☆

そうね、紫ちゃん。
いちお広岡さん、会社の備品だからね(笑)


擬人化したもの…『辞典』

《キャスト》

広辞苑…広岡さん
新明解国語辞典…新海さん


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