約束の場所で、貴方と。
私、林裕子の仕事は営業部の営業事務だ。
営業部とはいっても、私がお客様の所に出向くわけではなく、実際に営業に出る社員のアシスト―実際に営業に使う書類の作成や、売り上げ等の経理関連を引き受けているのが、営業事務の仕事。
私の所属する営業三課は、通常二~四人の営業マンに対して専属に一人の営業事務員がサポートにつく。
短大を卒業して八年。
女性の先輩達は仕事の忙しさや結婚を理由にすでに退社している。
つまり、気がついたら私が営業三課で最年長の女子社員になっていた。
そんな事情で、私は今直接担当する営業マンはいない。
その代わりに、後輩達への指導や、滞っている仕事の手伝いを専門に毎日働いている。
いつ、どのタイミングで、なんの仕事を手伝う事になるのかわからないので、当然誰がどんな仕事をしているのかを日々把握しておかなければいけない。
今年、営業事務には二人の新入社員が配属された。
まだ19歳と21歳の可愛らしい女の子達だ。
彼女達を見ていると、つい私にもこういう時期があったのよねえ…と感慨深くなってしまう。
28歳の私は、もう「女の子」ではなくて「女性」。
ついでにそこには、「鉄」の「女史」だのあまり嬉しくない言葉がついてくる。
私は、つい先程確認を頼まれた書類に目を通した。
…数字のケタが違う上に、お客様の名前も間違えている。
おそらく過去のテンプレートを使い、その後に入力が正しくできているかの確認をしていなかったのだろう。
書類の訂正箇所に赤いペンで印をつけると
「相川さん、ちょっといいかしら?」
私は、新入社員の19歳の子の名前を呼んだ。
「ここの所、数字が違う。あとお客様の名前も間違えてる。ちゃんと確認した?」
彼女の席の隣に座ってそう言った。
「ちゃんと確認はしました。でも間違えても仕方がないじゃないですか?私はまだ新人だし、仕事忙しいし」
彼女が自分が悪くないというような態度をとったので
「仕事が忙しいのは、みんな同じ。会社の中ではあなたはまだ新人だけれど、お客様から見たら新人かなんて関係ないの。私達のミスは会社のミスになるのよ」
「…そんなの大袈裟ですよ」
今にも泣き出しそうな顔をしながら、彼女はまだ自らのミスを認めようとしなかった。
私は仕方なく
「ここは学校じゃなくて会社なの。学生気分でいつまでも仕事をされたら困るのよ」
そう彼女の事を注意して、訂正箇所を直してもう一度書類を作り直すように指示をすると席を立った。
「そんな言い方…」
彼女は私に叱られた事が気に入らなかったのだろう。人目をはばからず泣き出した。
私が自分の席に戻ると、彼女の席の方から
「大丈夫?」「気にすることないよ。林女史はいつでもキツイんだよ」「俺もあの鉄は無理」
こちらに話し声が届いていないと思っているのだろう。数人の男女がまるで私が悪者だと言わんばかりに、彼女をかばっている声が聞こえた。
…私、間違えた事を言っていないし、あんな風に泣かれるような事も言っていない。
どうして私がいつも悪者にどうしてされてしまうの?
私は「鉄の女」でも「女史」でもない。
みんなと同じで、痛みがあれば傷つくし、胸が痛くもなる。
でも私が傷ついていても、誰も私の傷には気がつかない。
誰も私の味方をしてくれない…。
私は感情が抑えきれずに、ひっそりと席を立つと、誰もこない私の隠れ部屋へと向かった。
営業部とはいっても、私がお客様の所に出向くわけではなく、実際に営業に出る社員のアシスト―実際に営業に使う書類の作成や、売り上げ等の経理関連を引き受けているのが、営業事務の仕事。
私の所属する営業三課は、通常二~四人の営業マンに対して専属に一人の営業事務員がサポートにつく。
短大を卒業して八年。
女性の先輩達は仕事の忙しさや結婚を理由にすでに退社している。
つまり、気がついたら私が営業三課で最年長の女子社員になっていた。
そんな事情で、私は今直接担当する営業マンはいない。
その代わりに、後輩達への指導や、滞っている仕事の手伝いを専門に毎日働いている。
いつ、どのタイミングで、なんの仕事を手伝う事になるのかわからないので、当然誰がどんな仕事をしているのかを日々把握しておかなければいけない。
今年、営業事務には二人の新入社員が配属された。
まだ19歳と21歳の可愛らしい女の子達だ。
彼女達を見ていると、つい私にもこういう時期があったのよねえ…と感慨深くなってしまう。
28歳の私は、もう「女の子」ではなくて「女性」。
ついでにそこには、「鉄」の「女史」だのあまり嬉しくない言葉がついてくる。
私は、つい先程確認を頼まれた書類に目を通した。
…数字のケタが違う上に、お客様の名前も間違えている。
おそらく過去のテンプレートを使い、その後に入力が正しくできているかの確認をしていなかったのだろう。
書類の訂正箇所に赤いペンで印をつけると
「相川さん、ちょっといいかしら?」
私は、新入社員の19歳の子の名前を呼んだ。
「ここの所、数字が違う。あとお客様の名前も間違えてる。ちゃんと確認した?」
彼女の席の隣に座ってそう言った。
「ちゃんと確認はしました。でも間違えても仕方がないじゃないですか?私はまだ新人だし、仕事忙しいし」
彼女が自分が悪くないというような態度をとったので
「仕事が忙しいのは、みんな同じ。会社の中ではあなたはまだ新人だけれど、お客様から見たら新人かなんて関係ないの。私達のミスは会社のミスになるのよ」
「…そんなの大袈裟ですよ」
今にも泣き出しそうな顔をしながら、彼女はまだ自らのミスを認めようとしなかった。
私は仕方なく
「ここは学校じゃなくて会社なの。学生気分でいつまでも仕事をされたら困るのよ」
そう彼女の事を注意して、訂正箇所を直してもう一度書類を作り直すように指示をすると席を立った。
「そんな言い方…」
彼女は私に叱られた事が気に入らなかったのだろう。人目をはばからず泣き出した。
私が自分の席に戻ると、彼女の席の方から
「大丈夫?」「気にすることないよ。林女史はいつでもキツイんだよ」「俺もあの鉄は無理」
こちらに話し声が届いていないと思っているのだろう。数人の男女がまるで私が悪者だと言わんばかりに、彼女をかばっている声が聞こえた。
…私、間違えた事を言っていないし、あんな風に泣かれるような事も言っていない。
どうして私がいつも悪者にどうしてされてしまうの?
私は「鉄の女」でも「女史」でもない。
みんなと同じで、痛みがあれば傷つくし、胸が痛くもなる。
でも私が傷ついていても、誰も私の傷には気がつかない。
誰も私の味方をしてくれない…。
私は感情が抑えきれずに、ひっそりと席を立つと、誰もこない私の隠れ部屋へと向かった。