約束の場所で、貴方と。
貴方は誰?
私はいつものようにその部屋の扉を開けて部屋の中に入ると、内側から鍵をかけた。
この部屋には滅多に人はこないけれど、万が一に備えていつも内側から鍵をかけている。
目頭に涙が滲んだ。
この部屋は私にとって会社で唯一安らげる場所だ。
「…っ」
張り詰めていた気が緩んだのだろう。
涙がぽろぽろと目からこぼれ落ちた。
「…おかしいな。こんな事いつもの事なのに…。止まらないや…」
私は冷たい壁に背中をつけたまま膝をかかえてその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
「え…」
急に男の人の声がして、私は慌てて顔を上げた。
顔を上げたその先には…
部屋にひとつだけある小窓の脇に設置されているディスクの椅子に腰をかけている男性の姿があった。
(どうしよう…)
頭の中が真っ白になった。
こんな姿を誰かにみられてしまうなんて。
(きっとまた悪い噂を流される…)
うろたえていると、その男性はディスクチェアーから立ち上がると、私の目の前まで近づいてきた。
そして、スーツのポケットからハンカチをとりだすと、すっとそのハンカチを差し出した。
戸惑いながら私はそのハンカチを受け取った。
「気にする事はないよ。他の誰にも言うつもりないから」
まるで私の考えを見抜いているかのように男性はそう言うと、私の隣に腰掛けた。
私はありがたくハンカチを使わせてもらう事にして、涙をぬぐった。
(この人は誰…?)
見た目は私より恐らく年上。
男性は30代前半から半ば位の年齢だろう。
黒の細いフレームの眼鏡をかけていて、長めの前髪が眼鏡に少しかかっている。
整った中性的な顔立ち。
彼は私が泣き止むまで何も言わずに、ただ隣にいてくれた。
「…あなたは、誰?」
いくら記憶を総動員してみても、私には彼の顔に見覚えがない。
これだけ整った顔立ちをしているしている男性だ。
社内の女性達の間で話題にのぼらないはずがない。
「ここは、俺の特別な場所なんだ」
軽く微笑みながら、そう彼は答えた。
「私も同じです。この部屋だけが、会社で私が落ちつける場所なんです」
「じゃあ俺と同じだね」
彼は笑顔を浮かべた。
その笑顔に私はどきどきした。
こんな人に笑顔を向けられて、平気な女性なんているはずがない。
私は、うっすら赤く染まった顔を彼に見られないようにうつむいた。
「君が俺を知らないだけで、俺は君の事をずっと前から知っている」
「え?」
彼の発言に私はおどろいて彼の顔をみた。
「どうして?私はあなたが誰か知らないわ…」
「うん。君は俺の事を知っているけれど、こうして顔を合わせるのは初めてだから」
私は彼の言葉を頭の中で繰り返した。
(私が知っていて、会ったことのない人…?)
いくら考えても謎は深まるばかりで。
普段会うことのない人達といえば、社内でも幹部クラスの役職の人達とか…?
でも、そんな役職の人が私の事を以前から知っている事なんてありえない。
「あ、そうか…」
私の頭の中に浮かんだのは、『鉄の女』と『林女史』という名前。
きっと彼は私が社内でそう呼ばれているのを知っていて、私をそう認識していたんだろう。
そう納得した。
泣き止んだばかりだというのに、また胸がちくりと痛んだ。
「君がいつもがんばっている姿をずっと見てきた」
彼が予想外の言葉を口にした。
そして
「君は噂のような人じゃない。誰よりも努力家だ。そして、誰に対しても誠実であろうとして、いつも一人で心を痛めている」
「え…?」
きっと今の私はとても驚いた顔をしているに違いない。
「君は鉄の女でも女史でもない、一人の魅力的な女性だよ。ずっと君を見てきた俺がそう断言する」
彼はそういうと私に笑いかけると、私の髪を優しく撫でた。
「そんな風に言われたのは初めて…」
私の頬に涙がこぼれた。
私はこんな風にずっと誰かに私の事を理解して欲しかったんだと気がついた。
彼は優しく私の事をそっと抱きしめた。その腕の中はとても温かくて心地よかった。
「あなたは誰?また会える?」
「ああ。君が会いたいと思えばいつでも会えるよ」
頭の上から彼の声がした。
この部屋には滅多に人はこないけれど、万が一に備えていつも内側から鍵をかけている。
目頭に涙が滲んだ。
この部屋は私にとって会社で唯一安らげる場所だ。
「…っ」
張り詰めていた気が緩んだのだろう。
涙がぽろぽろと目からこぼれ落ちた。
「…おかしいな。こんな事いつもの事なのに…。止まらないや…」
私は冷たい壁に背中をつけたまま膝をかかえてその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
「え…」
急に男の人の声がして、私は慌てて顔を上げた。
顔を上げたその先には…
部屋にひとつだけある小窓の脇に設置されているディスクの椅子に腰をかけている男性の姿があった。
(どうしよう…)
頭の中が真っ白になった。
こんな姿を誰かにみられてしまうなんて。
(きっとまた悪い噂を流される…)
うろたえていると、その男性はディスクチェアーから立ち上がると、私の目の前まで近づいてきた。
そして、スーツのポケットからハンカチをとりだすと、すっとそのハンカチを差し出した。
戸惑いながら私はそのハンカチを受け取った。
「気にする事はないよ。他の誰にも言うつもりないから」
まるで私の考えを見抜いているかのように男性はそう言うと、私の隣に腰掛けた。
私はありがたくハンカチを使わせてもらう事にして、涙をぬぐった。
(この人は誰…?)
見た目は私より恐らく年上。
男性は30代前半から半ば位の年齢だろう。
黒の細いフレームの眼鏡をかけていて、長めの前髪が眼鏡に少しかかっている。
整った中性的な顔立ち。
彼は私が泣き止むまで何も言わずに、ただ隣にいてくれた。
「…あなたは、誰?」
いくら記憶を総動員してみても、私には彼の顔に見覚えがない。
これだけ整った顔立ちをしているしている男性だ。
社内の女性達の間で話題にのぼらないはずがない。
「ここは、俺の特別な場所なんだ」
軽く微笑みながら、そう彼は答えた。
「私も同じです。この部屋だけが、会社で私が落ちつける場所なんです」
「じゃあ俺と同じだね」
彼は笑顔を浮かべた。
その笑顔に私はどきどきした。
こんな人に笑顔を向けられて、平気な女性なんているはずがない。
私は、うっすら赤く染まった顔を彼に見られないようにうつむいた。
「君が俺を知らないだけで、俺は君の事をずっと前から知っている」
「え?」
彼の発言に私はおどろいて彼の顔をみた。
「どうして?私はあなたが誰か知らないわ…」
「うん。君は俺の事を知っているけれど、こうして顔を合わせるのは初めてだから」
私は彼の言葉を頭の中で繰り返した。
(私が知っていて、会ったことのない人…?)
いくら考えても謎は深まるばかりで。
普段会うことのない人達といえば、社内でも幹部クラスの役職の人達とか…?
でも、そんな役職の人が私の事を以前から知っている事なんてありえない。
「あ、そうか…」
私の頭の中に浮かんだのは、『鉄の女』と『林女史』という名前。
きっと彼は私が社内でそう呼ばれているのを知っていて、私をそう認識していたんだろう。
そう納得した。
泣き止んだばかりだというのに、また胸がちくりと痛んだ。
「君がいつもがんばっている姿をずっと見てきた」
彼が予想外の言葉を口にした。
そして
「君は噂のような人じゃない。誰よりも努力家だ。そして、誰に対しても誠実であろうとして、いつも一人で心を痛めている」
「え…?」
きっと今の私はとても驚いた顔をしているに違いない。
「君は鉄の女でも女史でもない、一人の魅力的な女性だよ。ずっと君を見てきた俺がそう断言する」
彼はそういうと私に笑いかけると、私の髪を優しく撫でた。
「そんな風に言われたのは初めて…」
私の頬に涙がこぼれた。
私はこんな風にずっと誰かに私の事を理解して欲しかったんだと気がついた。
彼は優しく私の事をそっと抱きしめた。その腕の中はとても温かくて心地よかった。
「あなたは誰?また会える?」
「ああ。君が会いたいと思えばいつでも会えるよ」
頭の上から彼の声がした。