彼はメッセンジャー
*
彼は私の伝言係。
簡単な用事から、忘れてはいけない内容、簡単なメモなど、頼めばどんな言葉も相手へと届けてくれる。
「ねぇ、伝言頼んでいい?」
「はい、どうぞ」
「経理部の田中さんあてに『提出期限は3日後』って、お願い」
昼下がりのフロアの真ん中で、そう言って書類を手渡した私に彼は「りょうかーい」と田中さんのもとへと向かって行った。
こうしてまた、彼がひとり旅立って行った。
でも大丈夫。私のデスクの中には、同じ顔をした彼がまだ何人も残っている。
総務部の事務という立場上、人へ伝言をすることは何度もある。その度私は彼を呼び、伝言を頼み向かわせているのだ。
「佐原さん、『この書類印鑑押し忘れてます』って。人事部の吉野主任から伝言」
「あ、ごめん。今押すね」
時には彼が他の人からの伝言を持ってやってくる時もある。そして伝え終えると、自然と消えているのが彼だ。
……が。この彼はどうも、消えることなく、用件を伝え終えた今もまだ私の目の前に残っている。
「なに?まだ伝言でもあるの?」
「うん。印鑑の件はただの口実で、本題は違うんだって」
本題?
その意味を問うように首をかしげると、彼は言葉を続ける。
「『昨日は本当にごめん』、だってさ」
それは“人事部の吉野主任”としてではなく、“昨夜私と喧嘩をした吉野さん”としての伝言だろう。
その言葉を伝えて、彼はようやくそこから消えた。
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