史上最悪!?な彼と溺甘オフィス
「・・瑠花」


男の人に名前を呼ばれるのはいつ振りだろう。


その甘い響きに酔い、私は意識を手放した。




「うっ・・うーん」

柔らかな枕に顔を埋めると、ふわりとしたムスクの香りが鼻をくすぐる。

昨晩、この香りに包まれて眠ったことを思い出す。


目を閉じていても強い日差しを感じるので、思ったより長い時間眠ってしまったのかも知れない。


私はゆっくりと身体を起こして、周囲を見渡す。

男性の部屋にしても殺風景すぎる室内に霧島さんの後ろ姿を見つけた。

既に着替え終えていて、グレーのニットに黒いパンツを身につけていた。


「霧島さん」

「あぁ、起きた?」

私の呼びかけに振り向いた霧島さんは、会社で見せるのと同じいつもの顔に戻っていた。

まるで何事も無かったかのよう。


・・なるほど。


甘い顔は夜だけなんだ。



霧島さんに合わせて、私もいつも通りに振る舞うことにした。

「すみません。 寝過ごしちゃったみたいで。 すぐ着替えて帰りますね」

「いや、別に急がなくていいよ。
駅までの道わかるか?」

「はい、それくらいはスマホの地図もあるので大丈夫ですけど」

「じゃ、悪いけど俺は先に出るな。
鍵はポストに入れといてくれればいいから」

そう言い残すと、霧島さんは私に一瞥もくれることなく部屋を出ていった。


「すごい徹底ぶり・・・」

私は思わず苦笑してしまう。

遊びだから本気にするな の意思表示だと理解はしたけど、ここまで豹変できるのはある意味すごい。

これじゃ、女に恨まれる筈だよ。

グラスの水くらいで許してくれたのなら、あの時の彼女は優しいくらいだ。



「別に心配しなくても・・・」



ーー好きになんかならないよ


家主のいない部屋にそう伝言を残して、私は部屋に鍵をかけた。
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